1 鱈と鰈と石斑魚
――というようなわけで,今でも鱈はたいへん口が大きく,鰈は横目でにらんだあげく,眼玉が一方に重なつているかのようで,そして石斑魚は口を尖らせたのであのように口が小さいのである(1)。
2 カルカッチウ
昔,お殿様は草履というものを履いた。その草履というものを,お殿様に履かせる下役人があつた。或日,草履の置きようが悪いというのでお殿様は立腹して,下役人の首を一刀のもとに斬つて捨てた。それを神様が見て,哀れに思い,カルカッチウにした。
――そこで,カルカッチウは
チョーリ! チョーリ! チョーリ!
と鳴くのだという(2)。
3 シルシチリ
自殺や情死をした人々が神様のもとへ行けば,神様が罰して,シルシチリにする。そして,
「おまえたちは今後絶対に水を飲んではならぬ。もしも神の目を盗んで水を飲めば,重ねて罰するぞよ!」
と申しわたして,ふたたび此の世へ戻してよこす。
――そこで,シルシチリは夏のひどく暑いおりは,いたつて元気がなく,悲しげに鳴いているが,天候が険悪になつて,雨が降つてくると,非常に元気づくのだという(3)。
4 雀と啄木鳥
昔々そもそもの初めには,どんな獣でもどんな鳥でも同じ母をもつていたが,或日鳥の女たちが集つて,入れ墨などをしていた。今しも雀が口もとへ入れ墨を施していると,凶事の報らせが来ていうには,
「母が今死のうとしていて,死ぬ前に娘たちに会いたがつている」
というのであつた。
そこで大勢の小鳥たちは仰天して,我先にと飛び出してずんずん行つてしまつた。
雀は驚きのあまり,
「お化粧は何時だつてできる。だから,どのようにさまが悪くても母さまの死に目に会いましよう!」
と言いながら,入れ墨の水を残らず自分の頭の上にぶちまいた。
――そのために,雀は食べよごしたようなくちばしをし,全身何かぶつかけたように見えるのである。
母は非常に喜んで,
「お前は本当に,親孝行だから,いつまでもおいしい穀物ばかり食べるでしよう!」
と言つた。
――だから,雀たちは常に穀物ばかり食べているのである。
それから啄木鳥は,最後まで,さんざん,めかしにめかして,言うことには,
「母さんは死んでも,一番おめかしして,一番綺麗だつたら,一番いいでしようよ!」
と言いながら行くと,神様が罰して,
「お前は実に実に親不孝な奴だ。不届至極であるから,今より後は朽木を啄き啄き,虫ばかり食べて,誰からも愛されないであろう!」
とお告げがあつた。
――だから,今でも啄木鳥は樹を啄き啄きしているのである。
5 烏の黒いわけ
女たちが或日入れ墨をしていた。そこへ烏男が来て,いろいろ悪戯をした。それを女たちが怒つて入れ墨の水を烏男の頭のてつぺんからぶちまけた。
――それから,烏はあのように全身まつ黒になつたのである。
6 磯烏と糞烏
「私は美人かい?」
とたずねた。
「とつても美人だよ」
と糞烏が答えた。
糞烏が磯烏に向つて
「私は美人かい?」
とたずねた。
「お前は美人だけれども,お前の下あごに糞がついている」
と磯烏が答えた。
糞烏は驚いて,川へ行つて,首をかしげて自分の影を見た。するとなるほど下あごに糞がついていた。
――だから,今でも烏どもは何か水の入つた物の上に止つて,首をかしげかしげするのである(4)。
7 烏とゴッコ
或日,烏が浜辺へ行つて見ると,はるか沖なる海底にゴッコがいた。
「陸へ上つて来いよ! 握手しよう!」
と烏が言うと,
「また私が上つて行けば,伯父さんは私の肉をほじくるんでしよう?」
とゴッコが言つた。すると,烏が言うことには,
「何処の世界に可愛いい甥御の肉をほじくる伯父さんがあろうぞい?」
と言つた。
ゴッコは安心して上つて来た。烏は大喜びで,ゴッコの肉をすつかりほじくり出し,ただ白い骨ばかり残して,腹を
それを烏が見ると,またもや食べたくなつて,その中へ嘴を突込んだ。するとホッキ貝は忽ち口を閉じて,したたかに烏の嘴を締めつけた。
烏は動顛して,首を振り振り言うことには,
「沖の小舟が戻つたぞポクスラ!
沖の小舟が戻つたぞポクスラ!」
と言うと,波の底に声あつて
「うそだポクポクカピヤ!
うそだポクポクカピヤ!
伯父と欺して私を殺した奴!
うそだポクポクカピヤ!」
と何物かが言うと,ホッキ貝はいよいよ力をこめて締めつけたので,烏の嘴はポツリと断れて,ホッキ貝は海の中へ
「チョンボッ!」
と飛びこんでしまつた。
烏は大いに呆れながら家へ帰つて来て,荒砥を持出して,嘴を砥ぐ音
「小さい嘴ゴッシゴシ!
小さい嘴ゴッシゴシ!」
と砥ぐのであつた。
――それから後,烏の嘴はあのようにまるくなつたのである(5)。
8 烏と鼠
昔,悪魔が太陽を呑もうとして,大口開いていた時に,創造神コタンカルカムイが烏を四千羽,鼠を四千匹,悪魔の口の中へ投げこんだ。その結果,悪魔は腹がくちくなつて,ロを閉じたので,人間たちは助かつたのであつた。
――烏や鼠は,人間に恩を施してあるので,勝手に人間の持物を食べたり傷めたりするのである。それでも決してあまり悪く言つてはいけない。悪く言うとますます害をするものである。
創造神アイヌラックルが,魔神の手から日の女神を救い出す古伝の中の一挿話では,鼠の代りに狐が語られている。
「この世界の初めに,雲の戸の彼方に住む巨魔があつて,いつでも美しい日の女神をねらつた。それで日の女神が天空へ高く上つてしまえばもう心配はなかつたが,朝な朝な東の山の端を出づる時,夕方西の山に没する際,巨魔がその大きな口を開いて一と呑みに日の神をねらう時が,一番危険であつた。そこで神々が相談をした。凡そ世の中に生きているものの中で眷族の一等多いものは烏と狐とであつた。そこで神々は,朝に日の神が東の山から出ようとする時には,魔神の口へ二三匹の狐を投入れて,魔神がそれを食べにロを塞いだ刹那するすると日の神が東天に昇つてしまわれるようにし,また夕方は日の神が西の山の端に入ろうとする時に烏を二三羽魔神のロヘ投入れて,魔神がそれを噛んでいる中に日の神が西の山へ沈むことが出来るようにした。(それだから狐と烏とは,その時の手柄で,今でも人の物を盗んで,食べても誰も仕方がないとしているのだと)」
(金田一京助先生『アイヌの研究』)
なお,類話がビイ・エイチ・チェンバレン氏によつて紹介されている。1889年に英国の民俗学会から出された『アイヌ民間伝承』と題するパンフレット所載の第七話がそれである。そこでは小狐と鼠の他に小犬が一役買つて出ている。そのごくあらすじを紹介すると――
国土のはての山頂に住む鬼が或る長者の護符を盗んで箱の底に隠した。長者は悲しみの余り食もとらずに寝こんで今はただ死を待つばかりであつた。長者に飼われていた小犬と小狐とが鼠を仲間に引き入れて護符奪還に出かける。小犬と小狐とが少年少女に化けてさまざまな戯れをして,鬼の気を奪つている中に,鼠は箱の底に孔を穿つて,まんまと護符を取戻すことができた。
――だから人間は鼠がどんなことをしても余り悪くは思わない。狐もまたよく犬に追つかけられはするけれども,しばしば彼等と仲よしになるのである。たとえ犬が狐を追つかけている時でも狐がもし振返れば,犬は訣してそれに噛みつかないのである。
9 鼠と雲雀
昔,鼠が天の神様から何かしら結構なものを借りた。
「何時返すか?」
と聞かれると
「柏の葉が落ちてから」
と鼠が答えた。
そこで神様たちは柏の森を見張つていたが,夏になつても冬になつても葉が落ちない。今枯れた葉があると見ればもう青い葉が着いている。鼠も,なかなか賢いものだなと,神様たちはつくづく感心した。
――だから,天国から
「タカタカ チウロー チウロー ノッネ ピリカ アントイ キナカ コウケウ ナッキー ソレター チウチウロー チャピシカン チャケレレ オッパ テンテン サーピッチャララ チリッ!」
という雲雀の歌は,実は鼠への催促なのである(6)。
10 鹿と兎
大昔,鹿には
そこで,鹿には角ができたけれども頭がたいへん重くて雪に弱くなり,兎はカンジキを履いているので,雪の上を自由に駈けまわるのである。
11 兎は昔鹿ほど大きかつた
昔,兎は鹿ほども大きく,また巫術にも長けていたので,創造神オイナカムイが
――だから,今いる兎はあのように小さく,また三つ口で,眼は灰埃にまみれたようになつているのである。
類話が知里幸恵の『アイヌ神謡集』にも見えている。第四話「兎が自ら歌つた謡」というのが,それである。その大意――
創造神オキキリムイの仕掛弓に悪戯した兎が捕えられて,ブツブツ切られて,鍋いつばいに煮られたが,オキキリムイの隙を狙つて,やつとのことで,一片の肉に化けて逃げのびた。
――兎は昔鹿ほども大きかつたが,この時以来,オキキリムイの切刻んだ肉の一片ぐらいに小さくなつてしまつた。
ビイ・エイチ・チェンバレン氏の『アイヌ研究より観たる日本の言語・神話・及び地名』の中にも類話が語られている。――
山の頂に大きな家があつた。その中に六人の盛装した人々がいて,絶えず喧嘩していた。何処から彼等が来たのか,分らなかつた。其処へオキクルミが来て言つた。
「おお! 汝等悪い兎ども! ふらちな兎どもよ! 誰が汝等の素性を知らないものか? 天国の子供たちが雪玉を投げ合つていた。その雪玉がこの人間世界に落ちて来た。天国の雪を無駄にするのは惜しいので,それらの雪玉は兎にされた。それらの兎が汝等である。我が支配する此の世界,此の人間の世界に住む汝等は,静かにしなければならぬ。いつたい何をブーブー言い争つているのだ?」
こう言つてオキクルミは一本の燃え木を,ひつつかんで,六人を一人一人打据えた。そこですべての兎は逃げ去つた。
――これが兎神の素性である。雪で造られたから兎の体は白いのであり,耳は――燃え木で焼かれた部分だから――黒いのである。
12 犬は昔口がきけた
大昔,犬は疱瘡神の召使であつたので,人間の国土に何か重大な事があると,すぐさま疱瘡神に報らせていた。それがバレたので,灰を食わされて,それからロがきけなくなつた。今でも犬どもが声を立ててあくびをすると怖しいことがあるので,ロヘ灰を少し入れてやるのである。
オキクルミが天国を抜け出す時,
「下界には魚や獣が沢山いても,穀物というものは無いだろう」
と案じたから,いきがけの駄賃に天上界の稗の種を一掴み盗んで自分の脛を裂いて其の中へ押し隠し,急いで天国を抜け出した。戸を出ようとすると,戸口に犬がいて(其の頃には犬は口が利けたから)
「やい! オキクルミが今稗の種を盗んで脛の肉に割つて入れて逃げ失せる所だ!」
と騒ぎかけた。
オキクルミは腹立たしさに
「うるさい奴だ!」
と灰を掴んで口へ投げ入れ,
「以後お前はもう物言うことが出来ぬぞ! 下界へ下りて鹿でも追かける手伝をしろ!」
と叱つた。それから犬は口が利けなくなり,ワンワンと吠えるだけで,アイヌの狩の手伝をさせられている。アイヌが今に至るまで稗は決して犬にやらないのも,この訳からである。
(金田一京助先生『アイヌの研究』)
以前,犬は口がきけた。今はきけない。その訳は,昔或男に仕えていた一匹の犬が,獲物を見せるからと言つて主人を欺いて森の中へ連れこみ,其処で彼を一匹の熊に食わせてしまつた。そしておいてから主人の寡婦のもとへ戻つて,嘘をついた。
「御主人様は熊に殺されました。今はの際の御命令に,あなた様は私と結婚なさるようにとのことでした」
寡婦は犬の言うことを嘘だと知つた。しかし犬はしつこく結婚を迫つた。そこで,ついに悲しみと怒りに駆られて,彼女は一掴みの塵埃を犬のロの中へ投げこんだ。このために犬はそれ以上口がきけなくなつた。だから今でも犬どもは口がきけないのである。
(チェンバレン氏『アイヌ民間伝承』)
13 赤狐由来談
川獺が川に
「俺にはひとり妹がいる。それをお前にやるからその鮭をくれないか」
と言つた。女と聞いて川獺は嬉しくなり,気前よく鮭をくれてやつた。すると若者はずつと川上の方に行つてから振向いて,
「ヤアーイ,つぶれ頭の見つたくなし,俺に妹なんかあつてたまるかい? だまされたのも知らないで本気にしてやがら! アハハアーイ」
そう言つて逃げたので,川獺は腹を立てて追つかけて行つた。すると若者は穴の中へ飛びこんだ。続いて川獺も飛びこんで見ると,一匹の狐がいて,鮭の卵を木鉢に入れて潰していた。川獺は腹立ちまぎれにその鮭の卵の潰れたのを木鉢ごとひつたくつて狐の頭からぶつかけてやつた。
――それから狐はあのように赤くなつたのである。
14 川獺は健忘症
大昔,創造神コタンカルカムイが国土を造営して,人間でも,木でも,草でも,獣でも,魚でも,虫でも,残るところなく造りおえた後,人間の隠し所を何処に造るべきかに当惑したので,天界に川獺を派して,天上神に教えを乞わしめた。天上神が思うには,
「川獺というやつはひどく忘れつぽいから,ありのままに云わせればアベコベに伝えるだろう! だからアベコベに言わせてやろう!」
そこで,
「人間の隠し所は額に造りつけるならば,一等よろしいのである」
と教えた。
川獺畏つて創造神のもとへ戻つたものの,天上神の教えたことはケロリと忘れていたので,長考一番,復命して言うには,
「人間どもの隠し所は,男にまれ女にまれ,胯間に置くのが,一等よろしいそうです」
と言うと,創造神は,
「なるほど!」
と思つたので,その通りに人間を造つたのである(7)。
15 交合の季節
創造神コタンカルカムイのもとへ生物が一つ一つやつて来て,交合の季節を聞いた。
コタンカルカムイはニコニコしながら
「汝は某の日,汝は某の月」
と申しわたしていると,そこへ馬が来た。
「汝は春がよかろう」
と神さまが言うと,馬は喜びのあまり,コタンカルカムイの傍から後脚を蹴立てて走りだしたので,土くれがはねて,コタンカルカムイの眼の中へ入つた。馬はずうつと走り去つた。
そこへ人間が来て,
「私はいつがいいでしよう?」
と聞くと,神様は目に物が入つて痛くてたまらなかつた際なので,
「うるさい! 何時だろうと勝手にしろ!」
と怒鳴りつけた。
――だから,人間のそれには一定のシーズンが無いのである。
16 蚤と虱の論争
或日,一人の男が日向ぼつこをしていると,衿元で,何か言い争う声がした。聴けば,蚤と虱の論争であつた。
虱の曰く,
「汝は不潔に生じたものゆえ,人間の肩から上へは登れない。ただ人間の肩から尻へかけてばかり活動する。犬どもの胯間,一物の周りにタカつて,どうやらロを糊して行く,シガない身分なのさ」
と言えば,蚤はいと口惜しがつて,曰く,
「我だとて,人間どもが我を捕えて,炉ぶちの上で我を潰せば,『炉ぶちの上に鎮まります神』になるし,噛めば,『歯の上に鎮まります神』になるのだが,人間どもが我を捕えると,指で揉み潰すものだから,本当の『揉みに揉まれた貧乏神』になるのだよ」
と言つた。
そこで,男が注意して見ると,なるほど蚤は人間の頸までは登らない。ただ肩から下だけ――一物の周りには特に集る。
「虱というものは人間の肉の上に生ずるもの故,退屈の折は,捕えて口で噛んでも,さして汚くもないが,蚤に至つてはすこぶる汚いものだから,今いる人々よ,蚤は決して噛まずに,揉んで粉にしてしまいなさい!」
と一人の男が言つた。
17 山葡萄と蝦夷天南星
アイヌはエゾテンナンショウの根を食べた。晩秋,球茎を掘つて炉の熱灰の中に埋けて焼いて食べる。ただし,球形の中央の黄色い部分は有毒なので,食べる際は必ずえぐり取つて棄てた。この黄色い部分は腹くだしに卓効があるので,腹に虫が湧いた時,舌に触れぬように気をつけながら丸呑みにした。中毒した時はヤマブドウの汁を飲めばよいというが,それは次のような伝承にもとづくのである。
大昔,ヤフブドウとエゾテンナンショウとが決闘してヤマブドウが勝つた。そこで,ヤマブドウは大いばりで,木の上に登り,エゾテンナンショウは,面目がないので,地中にもぐつてしまつた。今でも充分に成長した球茎には,その時ヤマブドウに切られた痕があるそうである。山からヤマブドウやエゾテンナンショウを取つて来る時は,同じ袋に入れて持つて来てはならぬとも言われている。頭痛の時,この根茎を刻んだのを布に包んで,はちまきにした。
18 沼貝の殼で粟の穂を摘むわけ
物凄いひでりが続いて沼も川もからからに乾いてしまい,そこに住んでいた沼貝(8)たちは今は死にそうになつて,
「水をくれ,水をくれ」
と泣叫んでいた。そこへサマユンクルの妹が通りかかり
「うるさい沼貝どもだな」
と言つて,踏んだり蹴つたりして行つてしまつた。
「おお痛い,ああ苦しい,水だ,水をくれ」
と沼貝たちが泣叫んでいると,こんどはオキキリムイの妹が通りかかつた。
そして沼貝たちの苦しんでいるのを見ると,
「まあ,かわいそうに」
と言つて,フキの葉に拾い集めてきれいな沼に入れてやつた。沼貝たちはすつかり元気をとり戻して,憎いサマユンクルの妹の粟畑を枯らしてしまい,オキキリムイの妹の粟畑をよくしてやつた。オキキリムイの妹は,その年の粟の収穫がとくに多かつたのは沼貝のせいだと悟つて,感謝のしるしに粟の穂を摘むのにわざわざ沼貝の殻を使つて摘んだ。
――その時以来,人間の女たちは粟の穂を摘むのに,かならず沼貝の殻を使うようになつたのである。
19 死人のお出迎え
ある婆が弟といつしよに暮していた。その弟が何年か病つたあげく死んだ。婆は倉から物を出しに出て行つた。出て行く前にボタンを一個とりだして死者の衿もとに縫いつけ,
「他に人もいないから私が倉へ物を出しに行く。おとなしく待つているんだよ」
と言い残して出て行つた。倉から物を出して降りて来ると,梯子の下にその死者が立つて待つていた。婆はさんざんに叱りつけて家の中へ背負つて入つた。その夜はそのまま明かし,次の朝隣村に知らせに行つた。行く前に死者に向つて,
「私ひとりではどうしようもないから,誰か頼んでくる。おとなしく待つているんだよ」
と言い聞かせて出て行つた。婆が人々を連れて帰つてくると,死者が浜へ下りて行く路の端まで出て待つていた。そこで婆は,
「あれほど言つて聞かせたのに,なんだつてそんなまねをするんだ」
とさんざんに叱りつけて,また家の中へ背負つて入り,人々に手伝つてもらつて棺に納めた。
――このことがあつて後,死者を独り残して出て行く時は,かならず小刀を枕もとに置いて行くことになつている。
(樺太西海岸タラントマリ)
(第1話「鱈と鰈と石斑魚」からこの第19話「死人のお出迎え」まではアイヌの言うポン・ウパシクマ(pon-upashkuma「小由来談」「なぜなぜ話」)に属する。また以下に掲げる「日本語の大家」及び「ユーカラの大家」の二篇は,同じくアイヌの言うアエミナ・ポン・イタク(aemina-pon-itak「滑稽小話」)に属する)。
20 日本語の大家
その昔,日本語を知つているということはたいへんな学者ででもあるかのように騒がれた時代のこと,日本語の大家をよんで御馳走して,今思えば日本語にも何もなつていないデタラメを,人々は感嘆して聞いたものである。それが胆振のホロベツに次のような小話になつて伝わつていた。
日本語の大家を招べよ,みんなで聴こう。
――日本語の大家がやつて来てこう言つた。
「ナンベ,イッテイッテ,コテトコ,コテムチャヤヤ」
聴いていた人々鼻をおさえロをおさえて(9)おつたまげ,思わずウームとうなつてこう言つた。
「一つ鍋の中の物をいつしよに食べている人だろうか,えらいもんだねえ。日本語の達者なこと!」
21 ユーカラの大家
前の話とは逆に,日本人の村にアイヌ語の大家だというふれこみの者がいた。ユーカラ(英雄詞曲)でも何でも演じるという。そこで日本人たちはわざわざ彼のために席を設けて,彼が原語で演じるところの,ユーカラはおろか,小唄にもなつていないデタラメを感嘆して聞いた次第が,次の小話になつてホロベツに伝承されていた。
ユーカラの大家を招べよ,みんなで聴こうや。――ユーカラの大家が来て,「ポイユク,サンナア,コラサッサ!」。(10)拍子をとつていた連中は頭を上げたり下げたりして感嘆した。
22 早口ことばの問答唄
(一)
年寄烏(11)はどうした?
麹を取りに行つた。
その麹はどうした?
酒に造つてしまつた。
その酒はどうした?
飲んでしまつた。
飲んだのどうした?
糞に出してしまつた。
糞に出したのどうした?
犬が食つてしまつた。
その犬どうした?
殺してしまつた。
殺したのどうした?
烏が食つてしまつた。
その烏はどうした?
殺してしまつた。
殺したのどうした?
矢(12)に作つてしまつた。
その矢はどうした?
樹を射貫いてしまつた。
その樹はどうした?
伐つてしまつた。
伐つたのどうした?
火にくべてしまつた。
火にくべたのどうした?
燃えてしまつた。
燃えたのどうした?
灰になつてしまつた。
その灰どうした?
炉ばたを片附けて塵といつしよに捨ててしまつた。
捨てたのどうした?
苔になつてしまつた。
その苔どうした?
舟を修繕してしまつた(13)。
その舟どうした?
海が荒れて遙か目に見える所と見えない所との間(14)へ入つてしまつた。
(二)
氷の上で小さい狼の子が転びました。
氷がえらいからなんですネ。
氷がえらいなら太陽が溶かすでしようか?
太陽がえらいからなんですネ。
太陽がえらいならその上を雲が隠すでしようか?
雲がえらいからなんてすネ。
雲がえらいなら風が吹き散らすでしようか?
風がえらいからなんてすネ。
風がえらいなら山が遮るでしようか?
山がえらいからなんてすネ。
山がえらいならその上に樹が生えるでしようか?
樹がえらいからなんてすネ。
樹がえらいなら人間が伐つて火にくべてそ冷灰を悪魔が来ればそれに向つて撒き散らし悪魔の目を埋めるでしようか?
――何と言つても人間さまが一番えらいんですねえ(15)。
23 創造神の犬呼び唄
「片側には
鹿のケトンチの模様があり
片側には
熊のケトンチの模様があつて
背すじには
鹿の足跡が通り
耳と耳との間には
鹿が踏み散らした跡のある
尾の立つた牡犬」よ
来い来い……(16)
24 創造神のくしやみの唄
向う岸の崖
歪み歪み
しろがねの水
出でに出て
こがねの水
出でに出で
きり立てる走り根に
穴ありて
こがねの橋
かかれり
ハッハッ
ハックショイ!(17)
25 蚊の唄
栗の木の枝の上に
俺が止まつたら
ちぎれた折れた
柏の木の枝の上に
俺が止まつたら
ちぎれた折れた(18)
26 ブヨの唄
ブヨになりたや!
小蚊になりたや!
美しい少女の
股ぐらを
見たや見たや!
註解
(1) 笑つた者をカジカ(杜父魚)とする地方や伝承者もある。ロの大きい魚でさえあればいいのだ。なお,傍若無人にタラが横座に納まり,気の毒がつてとりなそうとしたカレイが右座に,笑われてすねたウグイが左座にいたというのには,まんざら意味がないでもない。横座は家の中で最も上等の席であり,次は右座,その次は左座の順序だからである。
(2) カルカッチウというのはどういう鳥だかよく分らない。バチラー先生の「辞書」にKaraka-chiri(ウズラ)とあるのがそれだろうか。なお,アイヌは草履を「チョーリ」(chori)と発音する。
(3) シルシチリという鳥は,焼けるような暑さのおりは,喉の渇きに堪えられず,小川などに来てそつと水を飲んでいることもある。首領や首領夫人たるものは,それを見かけても,知らぬふうを装つてやるがいい。炉端などでうつかり,シルシチリが水を飲んでいたよ,とでも言おうものなら火の婆神がすぐさま神の国へ報らせるからだ――と古老たちは教える。なお,シルシチリは,バチラー先生の「辞書」ではムクドリとなつているけれども,土地の人々はアオゲラだと言つている。
類話が一つ,バチラー先生の『アイヌ炉辺物語』に紹介されている。それによれば,シルシチリは糞まみれの体で川の中へ人つたので,その罰で川の水を飲むことを禁じられ,ただ雨の日に木からしたたり落ちる雫を苔の下にいて飲むことを許されているだけだという。
(4) 磯烏はハシボソガラスの,糞烏はハシブトガラスの,それぞれ原語を直訳したもの。原語は「シラリコカリ」と「シパシクル」。
(5) ゴッコはバチラー先生の「辞書」に“Sea Snail”とあるものであろうか。「沖の小舟が戻つたぞポクスラ」のポクスラ(poksura!)は今は古老も無意味の囃子詞だと言つているが,本来は“pok sura!”「ホッキ貝よ 離せ!」の意味だつたにちがいない。また,「うそだポクポクカピヤ」のポクポクカピヤ(pokpok kapiya!)も,本来は“pok! pok!”「ホッキ貝よ! ホッキ貝よ!」という呼びかけの意味だつたかと思う。カピヤは恐らくカピウ(鴎)などの訛りで,烏の言うことはうそだと教えた者の名のりだつたかもしれない。ホッキ貝とはウバ貝の北海道方言。アイヌ語では pok-sei(女陰貝)という。
(6) 雲雀の囀りはアイヌにはこう聞えるという。この文句は「雲雀の唄」として説話とは独立に諸所に伝つている。元来は独立なものであつたのがこの説話に結びつけられたのかもしれない。歌意は古老に聞いてさえ分らないのであるが,音の構成がリズミカルな上に独特の節廻しがついているので,好んで婦女子などの間に吟誦されるのである。
(7) 以上の説話に見ても明らかなように,川獺の神様はおそろしく健忘てあらせられ,だから昔の男達は其肉を食う時はわざわざ山姿をして――鉢巻をし,山刀を佩き,荷縄を背負い,矛を傍へひきつけて,食べたものだという。さもなくば必ず何か忘れ物をして,大事の際にまごつくものだとアイヌは信じていた。
(8) 沼貝はシンジュガイの方言。
(9) 「鼻を押えロを押える」というのはアイヌが驚いた際にする身振。驚いた拍子に魂が飛び出すのをふせぐのが最初の意味であつた。
(10) このアイヌ語の原意は「めんこい鹿がやつて来た,こらさつさ」というにすぎないが,聞いていた人々は知らぬが仏で感心したのである。
(11) 年寄烏の原語は「オンネ・パシクル」(onne-paskur)で,これは語義通り「老いた・烏」を意味する場合と,それからワタリガラスという特別の種類を表わす場合とがある。土地の古老はこの唄の場合,前の意味にとつていた。
(12) 矢羽に使つたのだ。
(13) 舟のアカの漏る所へ詰めものに使つたのだ。
(14) 「見える所と見えない所との間」というのは,「はるか彼方の遠い所」を意味する慣用的表現。
(15) アイヌ語で「ウパルパクテ」(upar pakte「ロくらべ」)とよぶ唄である。これをできるだけ早口に間違わずに問答するのが眼目である。間違えば相手に「しつぺいをはられる」。
(16) 長いけれども「……」内はこれで一匹の犬の名だという。ケトンチ(ketunchi)というのは獲物の生皮を張つて乾す枠木である。
(17) 「向う岸の崖」とは眉間の辺をさすか。くしやみをするに当つて,まず眉間の辺に衝撃のあることを「向う岸の崖ゆがみゆがみ」と言つたのであろう。「きり立てる走り根」はもちろん鼻梁のことで,その突端の切り立てる部分に鼻孔があつて,それを左右に分けている仕切りを「こがねの橋」と言つた。「しろがねの水」「こがねの水」はもちろん鼻水をさす。
(18) ちつぽけな蚊が大風呂敷をひろげたところがおもしろい。
あとがき
アイヌの民話と唄の中から比較的短い軽いものを択んでこの本を編んでみた。特別にことわらないかぎり,すべて胆振国ホロベツでの採集で,アイヌ語の原文から直接に訳出したものばかりである。小生は去年の秋からずうつと入院加療中の身なので,佐藤与四郎氏の熱心なお勧めがなかつたら,この可愛らしい本はついに陽の目を見ることはなかつただろう。その意味で同氏に深く感謝している。
(昭和35年2月1日,北大病院第一内科病室にて,著者)
〔『アイヌの民話と唄』北海道豆本の会 昭和35年〕
底本:『知里真志保著作集 第1巻』平凡社
昭和48年5月16日初版第1刷
