所謂偉人
丘浅次郎

   一

 我らには一つ妙な癖が有つて、何事でも見たり聞いたりすると、必ずそれを基として何事をか考へ、更に先から先へと考へを進めて終には初めの出発点とは遠く距つた所まで達することが屡々ある。嘗て「題字、序文、校閲」と題する一文を公にしたことがあるが、之は其の日の朝、新聞に出て居る書物の広告を見て考へたことを其まゝ書き綴つたものであつた。今此所に述べることは先日、神田の火事跡を通つた際に思ひ附いたことである故、前の例に倣へば「神田の火事」とでも題すべき筈であるが、それでは余り内容と掛け離れ、且余り奇を好む様に見える故、改めて「所謂偉人」と云ふ見出しを用ひることにした。
 神田の火事は近年に稀な大火であつたが、其の原因は放火であると聞いた。我らは火事跡の板囲ひの間を通りながら先づ考へたのは、放火犯人の能力と放火の結果との関係に就いてであつた。即ち、大火事を起した放火犯人は、ボヤだけより起し得なかつた放火犯人に比べて放火の能力が優つて居るか。例へば親方が火を附けたら干軒焼ける筈の所を、新米の弟子が附けたために、十軒より焼けなかつたと云ふ如きことが有るであらうか。云ひ換へれば、焼けた家数によつて、放火犯人の腕前に等級を附けてよいものであらうか。例へば三千軒を焼き得た放火者は、一二軒より焼き得なかつた放火者とは、全く段の違ふた非凡な傑物と見做して然るべきか。此等の間題に答へるには、先づ大火事の生じ得べき条件を考へ、実際如何なる場合に大火事があつたかを調べて見なければならぬが、火事が大きくなるには何時も必ず次の如きことが必要である。第一には建築物が可燃性の材料で造られてなければならぬ。石造や煉瓦の家屋ばかりの所では、到底大火事は生じ得ない。木で造り紙を張つたマッチ箱の様な家ばかりが列んで居た故、何所までも焼け続くことが出来たのである。第二には烈しい風が吹いて居なければならぬ。無風の時には火の手が弱い故、消防夫の働きで容易に消されてしまふ。大火事になるのは何時も烈風のときで此方を防いで居る間に彼方に飛び火し、其所を消して居ると此所が燃え上がると云ふ様に到底消防の手の行き届き兼ねる場合に限る。第三には、水の供給が不自由でなければならぬ。水が充分に廻れば大概の風にも火事は消せるが、水が欠乏しては、蒸気ホップが何台駈け附けても、空しく手を束ねて見て居るより外に致し方はない。斯様な次第で、火事の大きく成るか成らぬかは、全く、建築材料の如何や、風の強弱、水の有無等によつて定まることであるが、此等は孰れも、放火犯人の放火能力とは没交渉である。烈風の吹いて居る時に、水の足らぬ所で、木造の市街に火を附ければ、誰が附けても必ず大火事に成る。之に反して、石造や煉瓦造りの家ばかりでは、初めから火が附かず、仮に火が附いたとしても無風で、水が充分にあれば即座に消される。されば大火事に成るか成らぬかは其時の事情次第であつて、決して放火犯人の腕前の如何による訳ではない。若しも、焼けた家数が多かつたからと云ふ理由で、放火犯人を衆に優れた能力を持つた者と見做す人があるならば、それは、大なる間違ひと云はねばならぬが、さて世の中には之に類する間違ひが他には決して無いであらうか。

   二

 斯様に考へて見て、先づ第一に胸に浮ぶのは、宗教の開祖と云はれる人々である。今日最も信者の多い宗教と云へば、仏教、キリスト教、マホメット教などで其の信者の数は孰れも何千万か何億か有らう。更に之を浄土とか法華とかプロテスタントとかカトリックとかに分けても、各派の信者はなほ非常に多数である。斯くの如く多数の人間の心を長い間、支配して居る教祖は、実に偉大な人間であつたに違ひないとは、屡々聞く議論であるが、我らは前に述べた放火犯人のことに思ひ比べて、此の論法は誤つて居ると考へざるを得ない。我らは、釈迦も、キリストも、乃至は親鸞も日蓮も如何なる人物であつたやら全く知らぬ故、偉人でなかつたなどと断言する訳では決してないが、単に信者が多くあると云ふだけの理由で、其の宗派の開祖を空前絶後の大偉人であつたと断定する論法には、我らは如何にしても点頭(うなず)くことは出来ぬ。信者の多いと云ふことは開祖の説く所を聞いて、徹頭徹尾感服してしまふ程度の脳髄の持主が多いと云ふ事実を示すだけで、恰も、焼けた家教の多いのは木造の家屋が多かつた為であるのと何の変りもない。若しも世間がヘッケルやハックスレーの如き人間のみであつたならば、如何に熱心なカトリックの宣教師が教示弘めやうと努めても、恰も石造や煉瓦造りの列んで居る町に火を放たうとするのと同様で、全く無効に終るであらう。これに反して、天理教でも大本教でも、それを聞いて直に引き込まれるやうな人間の多い世の中では、忽ち多教の信者が出来る。されば信者の多い宗派の開祖を唯それだけでも已に偉人であると考へるのが誤なるのみならず、愚昧な人間ばかりの世の中に多教の信者を有する様な宗教ならば、其の開祖もやはり愚昧者の一人であつたと見做すのが当然であらう。何故と云ふに、愚昧ならざる者の説く所は愚昧者に取つては全く猫に小判、馬に念仏で到底耳に入らぬからである。
 信者の多寡などを念頭に置かず、単に其の当人の力量、経歴を調べて真に偉人と称して差支へないと認めたならば、これは偉人と名づけて宜しからうが此所に注意すべきは、宗教の開祖などと云ふ者は、年を歴るに随うて段々と偉く成ることである。キリストが傑になつた十字架の破片として大切に保存せられて居る木片を、世界中から集めると大きな帆船が何艘出来るとか、釈迦の舎利骨と称する物を皆寄せると、四斗樽に何杯あるとか云ふ話を聞いたが、総べて斯様な具合に後の世になつて次第に殖えて行く故、伝記の如きも、何所までが真実で、何所からが法螺であるか容易に見別けられぬ。信者をして開祖を崇拝せしめることは、其の宗派の僧侶に取つては極めて利益である故、後の世の僧侶は信者をして益々開祖を崇拝せしめる様にと絶えず努力したが、益々崇拝せしめるには、開祖を益々高く担ぎ上げるの外はない。凡そ他人を崇拝する揚合には、其の人と自分との差の著しいことを必要とする。自分と余り距たらぬ人間を崇拝する心は誰にも到底起り得ない。中学校の上級生が、受持ちの教師に心服せず、その為種々の騒動を起すのも、併合せられた民族が主権国に反抗して容易に治まらぬのも、其の原因は両者の間の差が充分に大きくない故である。而して普通の人間と教祖との差を大きくするには、教祖を非常に偉い者とするの外はない故、その宗派を商売とする僧侶等は無論教祖を段々と偉い者に仕上げ、旱りに雨を降らせたとか、疫病神を退治したとか、一斤のパンで千人前の弁当を造つたとか、頸を切らうとした刀が忽ち折れたとか種々様々の話を拵へて順々に附け加へた。或る時、入間川附近の田舎道を散歩して居た際に、四五人の女の子が鞠をつきながら「アンマリ瞞すな糞坊主先づ先づ一貫御貸し申した」と歌うて居るのを聞いたが、開祖の伝記なるものを読んで見ると、全く此の鞠歌の如くに感ずる所が沢山にある。されば斯様な後世の坊主が附け加へた法螺話を全部引き去つたならば、大概の開祖は其の当時の人間と余り大差のない者となるかも知れぬ。今日、我は予言者なり、我はメシヤなりと云うて青黒い顔に山羊髯を生やし、晒木綿を勲章の(たすき)の如くに掛けて歩いて居る人等も、若し、多数の信者を獲たならば、百年千年の後には、恐らく釈迦やキリストと同様な大偉人と見做されることであらう。

   三

 他の方面に於ても、世間から偉人と見做されて居る人々が、普通の人間に比してどの位優れて居たかは、大に研究を要する。之も前に大火事は如何なる条件の下に起るかと考へた如くに、英雄豪傑が出来上がるには如何なる条件が必要であるかを先づ質して掛からねばならぬ。我らは特に此の事に就いて論じた文を未だ一つも読んだことが無い故、他の人等が如何に考へて居るかは全く知らぬが、我ら一己の意見を述べれば、英雄豪傑なるものを造つたのは、主として、世間一般に漲つて居る絶対服従の奴隷根性であつて、其の当人自身は、平均の人間に比べて、左まで飛び離れて優れては居ない。素より人間には、生まれながらに、賢愚強弱の別がある故、誰でもが英雄豪傑に成れると云ふ訳では決して無いが、奴隷根性の溢れて居る社会に有つては、少しく平均以上の力量を備へた者ならば、運次第で頓々拍子に忽ち英雄豪傑に成れたであらうと思ふ。奴隷根性とは、社会を幾段かの階級に分け、一つでも上の階級の者に対しては絶対に服従し、一つでも下の階級の者には無限に権威を振ふ階級的精神のことであるが、昔は此の根性が盛であつて、世の中はそれでよく治まつて居た。今は一部分の者には、此の根性が少しく退化し始めて来たが、大多教の者は、なほ多量に之を備へて居る。奴隷根性を持つた者の特徴は、主人を持つことを恥とせぬのみならず、他に優れた主人を戴くことを何よりの誇りとして威張ることである。晏子の御者は其の適例であるが、政党の首領を挽く車夫が、陣笠の車夫を目下に見るのも、伊勢屋と書いた袢天を着るよりも、三菱の符の附いた袢天を着た方が幅が利くと思ふ職人の心持も、これと少しも違はぬ。官立小学校の児童に自分の学校の校長は正何位、勲何等の某であると云うて公立小学校の児童に対して威張る者があるならば、之また奴隷根性の一例である。斯様な根性の充満せる世の中に有つては、各人は自分の主人を偉くすることが即ち自分を偉くすることに当ると心得て、常に上の階級の者を偉くしやうと努めるであらうから、一定の階段以上に頭を挙げ得た者は、其の後は絶えず下から押し上げられて、自然に英雄豪傑と成つてしまふ。国を取り政権を握るに至るまでには無論権謀術教も入用であり、命懸けの仕事も幾度か為ねばならぬであらうから、英雄豪傑の仲間に入るのは容易でない様にも思はれるが、これは少教の物品を多教の人間が争うて奪ひ合ふ時には何時も避くべからざることで、敢へて英雄豪傑に限つたことではない。犬でも数疋居る所へ骨を一つ投げてやれば、忽ち命懸けの大喧嘩を始める。外国の読本に出て居るアレキサンダーと盗賊との話でも知れる通り、世間では戦に勝つたものだけを英雄豪傑と名づけるが、勝つた英雄豪傑と負けた英雄豪傑との間の差は、喧嘩に勝つた犬と負けた犬との差に過ぎず、実物同志を比べて見たら恐らく相似寄つたものであらう。
 仮に世の中が主人を持つことを屑しとせぬやうな不覊独立の人間ばかりであつたと想像して、それでも英雄豪傑なる者が現はれ得るであらうかと考へて見ると、之は頗るむづかしい。如何に一人であせつても、手下に成ることを肯ずる者が無ければ、何の目覚ましい働きも出来ず、また仮に何がしかの仕事を為し得たとしても、根から公平に見て居る人等は、決して手下の面々が誉め立てる様には誉め立てぬ故、到底非凡な人間と見做されるまでには立ち至らぬ。されば、英雄豪傑なるものは畢竟人類の奴隷根性が造り上げた産物であつて、其の実質を調査したならば、恐らく普通の人間の平均に比して、少しく優つて居ると云ふ位の所ではなからうか。人間の身体の大きさは大概定まつたもので、大男と云うても、小男と云うても、平均の高さから二割とは遠ざかつて居ぬ如くに、英雄豪傑でも無名の泥棒でも人間の平均から、それほど甚だしくは離れて居らぬやうに思はれる。若し火星から地球へ動物採集の探険家が来たならば、ナポレオンでも豊臣秀吉でも雑兵と同様に網で掬はれ、同じ標本瓶に投げ入れられるであらう。

   四

 次に学術方面の偉人に就いても同様の感じがある。非常に有名になつた学者は孰れも、他人に先立つて大発見か大発明をしたとか、他人の未だ思ひ及ばぬ新しい思想を考へ出したとかであるが、之にも種々の条件が充たされて無ければならぬ。先づ如何なる大発明でも何も土台の無かつた所に突然出来るものではない。必ず、其の発明に到着すべき準備が已に整ひ、誰かが其の発明を為すべき気運が向つて来たときに初めて出来るのである。当人は自身一人の力で発明した積りで居るかも知れず、世間も、其人一人の力で発明が出来た如くに思うて居るかも知れぬが、学問発達の歴史を見渡すと、発明は何時も其の時までに、他人が築き上げて置いて呉れた土台の上に出来たものなることが明に知られる。譬へて云へば、発明は七分通りか八分通りまで積み上げてあつた煉瓦の塀に残りだけを積み足して全部に仕上げた様な場合が多い。斯くして一の発明が出来れば、それを土台として、次の発明が出来、またそれを基礎として更に新らしい発明が出来る。発明、発見を時の順に列べて見ると、後のものほど進歩して居るのは其の為である。
 或る雨の降る日に宿屋に泊つて、軒から雨垂れの落ちるのを見ながら考へたことであるが、雨垂れの一滴の中で最下に位する水の分子は、地に落ちる時に先頭に立つと云ふ理由だけで、残余の水の分子よりは遙に尊むべきものと見做さねばならぬか。軒に雨垂れの出来る所を眺めると、初め小さな半球形の乳房の如き形のものが出来、それが次第に延び、最早自分の重量を保ち得ぬ様になると、軒を濡らして居る全体の水から離れて、球形の滴として落ちるのであるが、其の際に滴の下面に位する水の分子は、たゞ何等かの都合で其所に来合せたと云ふだけで、別に残余の水の分子に比して異なつた所は無い。汽車が進行する時には、先に立つ機関車が力を出して貨車や客車を()き、後から続いて行く貨車や客車は機関車に索かれて進むのである故、先頭に立つものと随従して行くものとでは大に能力が違ふが、水の滴の中では先に進む水の分子が、残りの水の分子を索いて行く訳でもなく、後部に位する水の分子も決して前面に居合せた水の分子に索かれて行く訳でもない。たゞ滴が落ちねばならぬ時期が到来したので落ちると云ふに過ぎぬ。其所で発明や発見をした人は汽車の機関車に比較すべきものか、或はまた雨垂れの滴の下面に位する水の分子に比較すべきものかと云ふに、我らの考へによれば、寧ろ後者に類する点が多い様に思はれる。若しもニユートンが引力の理を発見しなかつたならば、今日まで、引力の理は誰にも発見せられずに終つたであらうか。若しもワツトが蒸気機関を発明しなかつたならば、今日まで誰も蒸気機関を発明せずに済んだであらうか。何億と教へる多教の人間の中には頭の相応によい者が何時の世にも幾千人か、幾万人かは必ず居るであらうから、若しもヒンツが発見しなかつたならば、恐らくクンツが発見し、マイエルが発明しなければ、ミュレルが発明して、時機が到着した以上は、誰かが発明せずには置かぬであらう。而も同一物の発見はただ一回に限られてある故、一人が発見してしまへば、残りの者は発見者たるの機会を永久に失ふこと、恰かもたゞ一本の当り籤を他人に取られたのと同じである。されば発明、発見を為し得た人と、為し得なかつた人との差は、単に籤に当つた人と籤に外れた人との差に過ぎぬ如き場合も常に有ることと思はれる故、発明、発見を為し得た人々だけを他の者より遠く離し、遙に優れる者として特別に尊敬することは少しく理窟に合はぬやうである。
 以上は真に価値ある発見または発明をして有名になつた人々に就いて述べたのであるが、有名な学者は必ずしも正しい発見や発明をした者ばかりとは限らぬ。一般の人々は専門学術上の詳しいことは分らぬ故、学者等の力量を自身で判断することが出来ず、たゞ世間の評判を聞いて其の通りに思うて居る。而して世間の評判なるものは決して、真の学力を見た結果ではなく、多くは学位を有するとか、大学教授であるとか、学士院の会員であるとか、何々賞を貰うたとか云ふ如き人為的の差別に基いて居る故、最も優れた人が何時も必ず最も評判が高いと云ふ訳ではない。又その反対に新聞紙上に隠れたる篤学者とか、無名の大学者とか、大々的に広告せられる人物が実は法螺吹きの名人に過ぎぬことも屡々ある。後から見れば全く誤りである様な説を唱へても、其の当時非凡な大偉人である如くに思はれた人もあれば、存命中は世間から少しも顧みられなかつた人が、死んでから大学者と見做されるに至つた例も相応に多い。若しも適当な位地に置かれたならば一廉の発明、発見を為し得べき頭脳の持主でも、一生不遇のために、本来の能力を発揮する機会を失ふこともあらう。他人よりは少しく早く或る専門学を修めたと云ふだけの理由で、凡庸の者が其の道の大家と成り済ますこともあらう。されば学術界に於て、偉人と名づけられる人々の中には、随分種々の人物が含まれて居る故、よくよく吟味してからでないと、大に買ひ被る虞がある。

   五

 毛虫の中に行列毛虫と名づける一種がある。卵から同時に孵化した何千疋もの毛虫が、偶然先に立つた一疋を先頭として、長い行列を造つて匍うて行く習慣が有るので、斯様な名が附けられた。誰が先頭に立つかは全く偶然であつて、先頭に立つ一疋を後の方に置き換へれば、新に先頭となつた一疋が先に立つて進み、前に先頭であつた一疋は残余のものと共にたゞ後から随うて行くだけである。即ち此の毛虫には同僚と行列して進むと云ふ本能が先天的に備はり、各自は行先を知らず、たゞ多数の者の行く通りに進み行く一種の自働器械と成つて居る。或る昆虫学者が試に此の毛虫の行列を導いて、丸い植木鉢の縁に移らせた所が、円周には始めも終りも無い故、同じ所を何時までもくるくると匍ひ廻つて、数日の後には終に疲労して皆倒れた。先年日光の有名な眠り猫を、案内人に連れられた多数の見物人が立ち止まつて、感服して眺めて居るのを見て、我らは此の行列毛虫のことを思ひ出さずには居られたかつた。
 世間の人々が眠り猫に感服するのは何故であるかと云ふに、決して自分の鑑定力によつて、之を非凡な作品であると判断した結果ではない。自分には何だか少しも分らぬが、他人が皆これは左甚五郎と云ふ偉い彫刻師が造つた天下一品の宝物であると云ふ故、それに盲従して頻りに感服して居るだけである。若しも之が名もない古道具屋の店先に出してあつたならば、之を見附けて感服する人は極めて稀であらう。総べて斯様な次第で、世人が芸術上の作品に対する態度は、恰も行列毛虫の心理の如く、全然雷同ばかりで、独立自尊の精神が少しも無い故、この方面の偉人と云はれる人々の真の力量を評価するには、世間の評判を一時度外視して、根本から調べ直して見なければならぬ。
 芸術作品の売買値段は時によつて非常に違ふもので、はやらぬ時は只の様なものが、一朝はやり出すと、何百円にも何千円にもなる。之は其物自身に定まつた価がなく、相場は全く買手次第であることを示して居る。而して、流行するかせぬかは、中に立つ商売人の操り様によつて如何様にもなる。二百円と云ふ札を附けた丸帯が店曝しに成つて居たのを二千円と価を附け換へたら即日売れたと云ふ様な世間を相手にしては、如何な劣等品が如何な高価に売れるやら分らぬ故、作品の売れた値段によつて、作者の腕前を評価すると飛んだ誤に陥るかも知れぬ。また高く売れる品には必ず多くの贋物が出来て、大概の人は贋物を掴まされて知らずに居るが、斯様な贋物が出来ると云ふことは、即ち、本物が他人にも真似が出来ると云ふ範囲を出ぬからである。鑑定者に見せれば真偽は一目瞭然のことも有らうが、大多教の普通の人間が見て相違が分らぬ位ならば、両者の差は極めて微であると見做すのが公平であらう。ミケランジェロとかラファエルとか古来有名な人々が、其の芸術に優れて居たことは、素より疑ふべからざることであるが、総べての画家、彫刻家を悉く集めて、腕前の優劣の順序に並び立たせたならば、次に位する人々との間の距りは恐らく極めて僅少ではなからうか。
 以上の如くに考へて見ると、芸術方面に於ても、他の方面に於けると同様に、偉人を造り上げたのはやはり、人間の奴隷根性である如くに思はれる。奴隷根性とは即ち独立自尊の精神の欠乏であるが、独立自尊の精神が無ければ、万事他人の指図に盲従するの外はなく、他人が感服せよと命ずる物は直に感服し、他人が崇め奉れと命ずる物は直に崇め奉る。而して多教の人々が打ち揃うて崇め奉れぱ、其人は無論、忽ち偉人と成つてしまふ。若しも今日名人として名を伝へられて居る人々の中から、斯くの如くにして造り上げられた名人を悉く引き去つたならば、残りは幾何も無いのではなからうか。

   六

 右に続いて胸に浮ぶのは、所謂名勝旧跡のことである。大概の名所とか旧跡とか云ふ所は、皆、世人の崇め奉つて居る英雄豪傑、名僧名人などと関係したもので、例へば秀吉が腰を掛けた石とか、家康が茶を飲んだ寺とか、何大師が足を洗うた池とか、何上人が袈裟を掛けた松とか云ふ類が多い。此等は何れも斯様な人々を崇拝する心を以て見る故、其所に興味を覚えるのであるが、斯かる話を少しも聞かず、単に通り掛かつただけでは別段他に比して、特に優つた点が有るとは覚えぬ。英雄でも、豪傑でも、其の時の人間の奴隷根性が造り上げた産物で、其の実質に至つては、人間の平均を去ること決して余り遠くはなかつたらうなどと考へる者から見れば、彼等が何を為た跡であらうとも、特にそれを有難がつて大切に取り扱ふべき理由はない。馬琴が小説を書くときに用ひた硯の水を汲んだ井戸と云ふ立札を、何所かで見たことがあるが、斯様なものまでを古跡としたら、実に際限は無い。京都でお上りさんが拝観料を払うて見物して歩く名勝旧跡の如きも、英雄や名僧との因縁を絶つたならば、態々見るだけの値打の無いものが頗る多数を占めるであらう。
 風景で名高い所にも同様なことがある。有名になる位の所ならば、無論景色の悪からう筈は無いが、其所よりも優つた風景の所が余所には無いかと考へて見ると決して左様ではない。左ほど名高くない所にも随分景色のよい所がある。然るに日本の三景とか近江八景とか、誰かが云ひ出すと、多数の人々は之に雷同し、斯くて世間からの相場が定まると、見ない中から之に優る風景の所は他に無いと信じてしまひ、斯様な頭を持て見物に出掛ける故、実物を見れば忽ち魅せられて極度に感服する。斯くして有名な所は益益有名となり、他所の景色とは、全く飛び離れた絶景の如くに評判せられる様になるが、実の所はそれ程のものではなく、たゞ、比較的によいと云ふ位に過ぎぬ。
「名物に甘いもの無し」と云ふ諺があるが、之は前とは反対に世人の雷同心を嘲つた痛快な言葉である。元来名物なるものは、甘いと云ふ評判のために名物と成つたのであつて、初めから不味いことを看板に掲げた名物が有るべき訳はない。然るに名物に甘いもの無しと云ふのは何故かと云ふに、之は実地経験の結果、世間の評判なるものの少しも当てにならぬことを発見し、今まで瞞されて居た意趣返しに、名物全体に対して罵りの叫び声を上げたのである。名物に甘いものが全く無い訳ではなく、時には実際甘いものも有るであらうから、名物に甘いものなしと、総括的に云はれては、随分迷惑を感ずる名物が有るかも知れぬが、多数の物が甘くなければ、斯く云はれても致し方はない。而して、世間の評判なるものが当てにならぬのは何故かと云へば、人間に独立自尊の精神が無く、何事でも聞いたまゝを直に信じて、事実に合はぬ評判を造り上げたからである。されば、評判に瞞されぬためには、一時評判に耳を貸す事を止めて、直接に実物を調べて掛かるの外はないが、斯くしたならば、所謂偉人なる者の、実は左まで偉人でもないことを発見し、今まで瞞されて居た鬱憤を晴らすために「英雄に偉い者なし」とか「聖人に聖い者なし」とか「学者に智慧のある者なし」とか「名人に上手な者なし」とか云ふに至るやも知れぬ。

   七

 以上述べた如くに考へて見ると、偉人なるものは、人間の奴隷根性が寄つてたかつて築き上げたもので、其者自身には別段、他の人間から遠く距たるほどの不思議な力が有つた訳ではない。されば、人間に奴隷根性のある間は偉人は引き続き生ずるであらうが、此の根性が次第に減少すれば、偉人は明け方の幽霊と同じく段々と出にくゝ成るのではあるまいか。然らば今日は如何と云ふに、現代は少しづつ奴隷根性が退化し始めたとは云へ、前世紀よりの遺物なる階級的精神が、なほ極めて多量に心の中に残つて居る故、偉人崇拝は容易には衰へぬ。奴隷根性が今日なほ頗る盛であることは、何れの方面を見ても明であるが、試に二三の例を挙げれば次の如きものがある。
 毎日の新聞記事を見るに下級の者が為たならば、一二行にも書かれぬ筈の事件でも、知名の人の家庭に起ると一週間も十日も絵入りで盛に書き立てる。例へば、若い妻が他人と情死を仕損じて怪我をしたとか、自由結婚をした娘が毒を飲んで死んだとか云ふ如きことは広い世間には幾らも有り勝ちの事件で、無名の者がしたのでは碌に新聞にも出してくれぬ。然るに事件は全く同一であつても親が何爵であるとか、何十万円の財産があるとか云ふと、之を重大事件ででも有るかの如くに紙面の大部分を裂いて詳しく掲載する。新聞紙は素より売り物である故、売るためには客の好みに随はねばならぬが、斯くの如くに、同一性質の事件を単に社会上の地位が違ふと云ふ理由だけで取扱ひを異にするのは、全く奴隷根性を有して、上級の者の事ならば、何によらず重大視する読者の要求に応じて居るのである。奴隷根性の消滅した者から見れば、同一性質の事件ならば無論同一価値のもので、伯爵であらうが、平民であらうが何十万円であらうが、無一物であらうが、それによつて区別すべき筈はない。また知名の人には諸方から書画の筆蹟を頼みに来る者が絶えぬが、これまた世間に奴隷根性の充満して居る証拠である。上手な画かきの書いた絵をほしがるならば、絵その物を見て楽しまうとするのである故、奴隷根性とは云へぬが、何がし大臣の書いた拙劣な絵を所望するのは、其の絵を通して筆者を崇拝するためである故、無論奴隷根性の明かな曝露である。但し直に他の奴隷根性の所有者に売り飛ばして儲ける積りならば間題は別である。其の他銅像を立てるとか、遺跡を保存するとか云ふ如きことも、多くは奴隷根性から出て居る。今日の世の中には奴隷根性即ち階級的精神の実例は数限りなくあるが、他の例を挙げることは一切略する。一言で云へば現今の社会は、なほ、火を附ければ直に燃える木造家屋の如き人間や、何所へ行くか知らずに、たゞ他人の後に附いて行く行列毛虫のやうな人間、または学位の有る人は無い人よりも智慧があり、学位を二つ持つた学者は、一つより持たぬ学者に比べて、学力が二倍あると思ふ如き、人為区別に重きを置く人間や、高位高官の主人を戴くことを何よりの名誉と考へる、晏子の御者の如き人間で充ちて居る故、偉人の続々と出るべき条件は充分に備はつて居る。併し、奴隷根性の消え掛かつた人間も少しづつは生じて来た故、他の人々の崇拝する偉人に対して敬意を表せぬ者が、時々現はれることは何としても避けることは出来ぬ。

   八

 然らば今後は如何に成り行くべきかと云ふに、我らの考へによれば、階級的精神なるものは、階級的団体生活に必要なもの故、団体間の生存競争が盛に行はれて居る間は益益完全になつて行くが、今日の人間は団体が余り大きく成り過ぎて、団体間の勝敗が緩漫になつた為に、階級的精神は最早次第に退歩するの外は無くなつた。而して階級的精神が退歩すれば、人為的の階級別を認めぬ様になり、それだけ自主自由の心が進んで来る故、他人が何んと云うても自分で考へて、成るほど、尤もであると合点の行く事でなければ決して信じなくなる。世の中が斯様な人間ばかりと成れば、同時代に生活する日前の人間を偉人として崇拝することは素より出来ぬに違ひない。何故と云ふに、何人と雖ども実際を調べて見たら、少くとも一人前の欠点や弱点は必ずある故、到底一段上の別階級の者とは考へられぬからである。また従来偉人として世間から崇められた者も、奴隷根性を失うた人間から公平に観察せられたならば、忽ち箔が剥げて、偉人でも何でも無くなるやも知れぬ。
 下等動物から人間までに進化し来つた幾千万年間の歴史を背景として眺めれば、普通の人間と、所謂偉人との間の差の如きは、実に僅少なものである。それを非常に大なる相違である如くに思うて居たのは、奴隷根性を以て之に臨んだ故であつた。人間なるものは無論悉く平等ではない。生れながらの賢愚強弱の差別もあれば、生まれた後の境遇に基づく差別もある。今後とても、一人一人の実質に優劣のあるべきは云ふまでもないが、奴隷根性から解放せられた者から見ればたゞ有りのまゝの優劣が知れるだけで、決して従来のに如くに、平均より少しく優つた者、または平均より少しく幸運であつた者を、恰も普通人とは全く別の世界に属する優秀人種として、其の足の下に平伏する如きことは無いであらう。所謂偉人に関する我らの考へは、先づ以上述べた通りである。

(大正十年六月)





底本:「近代日本思想大系 9 丘浅次郎集」筑摩書房
   1974(昭和49)年9月20日 初版1刷発行

栽培生活芽には芽を葉には葉を
丘浅次郎「所謂偉人」