りくんべつの翁(樺太編)
知里真志保

  ルルパの首領――ルルパの首領が自ら語つたお話――

 私はルルパで,叔父さんといつしよに,住んでいました。叔父さんは,私をまるで女の子のように世話してくれて,(たきぎ)とりにいく時はおんぶしていき,帰る時は,薪の荷の上にのせてくるという風でありました。その叔父さんが,ある日こういいました。
「遠い村の首領(しゆりよう)の娘は,小さい時からお前の許嫁(いいなずけ)で,一枚の(きれ)を二つにさいて分けあつた仲だ。さあ,お嫁にもらつておいで」
 それをきくと,腹がたつたので,そのまま聞きながしてねてしまいました。だが考えてみますと,小さい時から,まるで女の子のように可愛がつてくれた,叔父さんのいうことを,そうむげに,しりぞけるわけにはいきませんでした。
 ――そこである日,()ちあがつて,叔父さんのだしてくれた靴をはき,古い小袖(こそで),あたらしい小袖を,二まい三まいと,着かさねました。叔父さんは,歩行杖(アッカシクワ)もだして,私の手にわたしながら,
「お前の行く村は,足のはやい男なら,午頃(ひるごろ)つき,足のおそい男でも夕方までにはつくくらいの所たが,途中には,化物などもいるから,気をつけていくがいいよ」
といいました。
 戸外(そと)へ出て,遠い村の方へあるいていきますと,私よりもひと足先に,誰かあるいていつた足跡(あしあと)があります。靴のあとも,杖のあとも,私のとそつくりでありました。
 その足あとをつたつていきますと,午頃,遠い村につきました。家の後ろをとおつて前に出ますと,前小屋(モセン)のところに,私のしよつてる荷物とそつくりの荷物がおいてありました。私がくるのをみて,犬どもが,猛烈(もうれつ)に吠えたてました。
 すると家の中から,召使の男がでてきて,私の頭からつくづくと見おろして私の足を越し,また私の足からつくづくと見あげて私の頭を越し,家の中へひつこんでいきました。そして家の主人に,ひそひそと,こう告げているのが聞えました。
「さつき来た首領と,そつくりの首領が戸外にきているよ」
 すると,主人のこういつてるのがきこえてきます。
「隣にも家があるのだから,そこへいつて休めといえ」
 そういうのが聞えたけれども,私はかまわずに,はいつていきました。
 ――見ると,右座(みぎざ)にお爺さんとお婆さんが並んですわつていて,そのあいだに,ひとりの娘がうつむいて針仕事をしています。左座(ひだりざ)には,その家の若い首領がすわつており,上座(じようざ)には,どう見てもこの私と寸分ちがわぬ首領がすわつておりました。
 私は,その男の隣にすわつて,左座の若い首領とばかり話しました。家の主人のお爺さんの方は,私より先にきた首領とばかり話しあつておりました。
 ――家の主人は,女たちにむかつて,
筋子(すじこ)のスープをつくつてくれ。このように,同じ日におなじような首領がふたりきたのでは,どつちがほんとうの聟殿(むこどの)だか,わかりやしない」
といいました。
 そこで女たちは,筋子のスープをつくりました。私は,歯に筋子がねばりつくので小刀をだして小さな楊枝(ようじ)をけずり,歯の根をほじくりました。先にきた首領も小刀をだして小さな楊枝をけずつて,歯の根をほじくつていました。
 家の主人が,またいうのには,
「同じような首領が,おなじ日にきたのでは,どつちがほんとうの聟殿だかわからない。こんどは二人で,ウカラの試合をしてみなさい」
と,いいました。すると,先にきた首領は,
「ウカラの試合ときたら,小さい時から俺の一ばん得意のものさ。では,後からきた首領,お前さきに棍棒(こんぼう)の前にたて!」
といいました。
 そこで私は肌をぬいで,小袖の両袖を下腹にはさみこみ,両足をふみちがえて,ぐつとかまえました。すると,先にきた首領は,遊戯(ララ)用の小さな棍棒を振りふりかけよつて,軽く私をうちました。それからなおも,棍棒をうち振りうちふり,こんどは力いつぱい私をうちすえました。私の上体は,おびただしい血の(もや)につつまれてしまいました。
 こんどは私が,先にきた首領を立たせて,はじめは軽くうちました。それからまた,棍棒をふりながら()けよつて,こんどは力いつぱいうちすえました。すると,その首領の顔色がさつと青ざめて,今にも倒れそうになりました。
 その首領のいいますには,
「お前の許嫁が,あんまり美しいものだから,ついお前に化けて先廻りするきになつたのだ。だが,ほんとういえば,俺が悪かつた。お()びのしるしに,(つば)をひとつやるから,宝物にしてくれ」
 と,いつて,戸外へ出ていつてしまいました。その男のすわつていたところには,美しい鐔がひとつ,きらきらと光つておりました。
 私もすぐに(あと)を追つて出てみますと,その首領は(なぎさ)におりて,海の中へはいつていきました。見ると,沖の神((しやち))でありました。私は家の後へいつて,(けず)(ばな)をひと(かかえ)えもつてきて,沖の神の上に投げてやりました。
 それから家の中へひき返しましたが,そこに娘がいるのをみると,こんな女のために,可哀そうに沖の神に恥をかかせたかと思うと,ほんとうに申しわけないきがしました。それで,すぐに自分の村へ,帰ろうとしました。すると家の主人が,
「お前の怒るのも重じゆうもつともだが,俺だとて,宝器(うつわ)や宝物を持つていないわけのものではない。その宝器や宝物を,俺の娘にそえてだすから,つれていつて水汲女(みずしめ)にでも使つてくれろ」
と,いつて,いろいろ私の心をなだめたので,やつと思い返して,その娘をつれて帰りました。
 私の家には,昔から何一つ宝物もありませんでした。ただ宝壇(ほうだん)のまえに,(こがね)(つち)(しろがね)の槌と二つだけ,小さい時から見て育ちました。
 ――何年かたつて,妻の兄が,召使の男をつれて遊びにきました。すると妻が兄にむかつて,こういう告げ口をしました。
「兄さん,私はこんな貧乏ども,宝物といえば,金の槌と銀の槌しかもつていない貧乏どもの所へ,嫁によこされたのだよ」
 そういうと,妻の兄はひどく怒つて,
「ただ一人しかいない妹を,いろいろこき使つた代償(つぐない)をくれ」
といいだしました。
 すると,私の叔父さんが隣の家にいつて,その兄弟をつれてはいつてきました。叔父さんは上の方へ手をのばして,天井裏から,(こがね)梯子(はしご)をとりおろしました。そして,金の槌と銀の槌とをかちかちとうち鳴らしながら,その金の梯子をのぼつていきました。
 やがて,叔父さんの姿がみえなくなると,満まんと水をたたえた大きな沼が忽然(こつぜん)とあらわれて,沼の岸には,金の樹と銀の樹とがならんでたち,金の樹の(こずえ)には金の小鳥,銀の樹の梢には銀の小鳥が,金属(きんぞく)のふれあうような美しい声でさえずつていました。
 それをみると,妻の兄は大いに()じて,頭を低くたれていましたが,やがて,
(にく)い妹め,きさまのおがげで,神のような聟どのにたいして,とんでもない恥をかいてしまつた」
と,いつて,妹もなにもすてたまま,家をとびだして,浜の方へ逃げていつてしまいました。
 叔父さんは,天井裏から,両手に唐櫃(かろうと)行器(ほかい)とをさげておりてきました。叔父さんは唐櫃をさげ,その兄弟が行器をさげ,私は憎い女の首根つこをつかんで浜へ出ていき,妻の兄の舟が,ちようど渚をはなれようとしていた所へいつて,唐櫃や行器や女を,石でもほうるように舟の中へ投げこんで,家の中へひき返しました。
 〔ここまではルルパの首領(しゆりよう)自叙(はなし)ですが,これからあとは,その妻の自叙にかわります〕
 ――それから兄の舟にのつて沖へ出ましたが,兄は村へ着くまで私を折檻(せつかん)しつづけて,村へつくと同時に私を砂の上に投げすてて,そのままいつてしまいました。私は渚に寄り上つた小鯨(こくじら)のように,波にうたれながら泣き伏していました。二日たち,三日たち,今は空腹にもたえられなくなりました。
 ――「ルルパの首領である私の夫は,一どはあのように怒つても,私が詫びていつたなら,なんといつても長年つれ()つた妻のことゆえ,(あわ)れにおもつて,もう一ど家へいれてくれるかもしれない」
 そう思いついたので,砂の上からたちあがりました。今は着物もぼろぼろになり,胸もあらわになつていましたが,それを手でかくしながら,やつとヤイレスの浜へ出る路のはしまで辿(たど)りつきました。しかし誰ひとり,声をかけてくれようとする者もありませんでした。
 私の夫は,すでに美しい娘を後添(のちぞえ)にもらつていました。後添の女は夫にむかつてこういいました。
「お前さん,私のいうことを,よくきいておくれ。あの女は,いぜんお前さんが,いつも炊事(すいじ)をさせて食べていた女ですよ。それがあのように悲惨(みじめ)な姿をみせて,はいつてくる人がじろじろ見てはいる,出る人がじろじろ見て出るのが,お前さんの眼にもみえているはずです。男というものは,一たんはどのように思つてもそれをいつまでも根にもつているものではないと思います。こうしているうちに,あの女が,前小屋の中で死にでもしたら,方ぼうの村の人びとから,後の世までの笑い草にされますよ。家へあげて,食事をさせてあげましようよ」
 そういつて,私の手をひいて家の中へあげ,()れたぼろぼろの着物をぬがせ,新しい絹の衣裳(きもの)をだしてきせてくれ,筋子のスープの熱いのをつくつてくれました。
 食事をしようとしますと,はじめはすぐに()きましたが,だんだんと腹におさまるようになりました。
 ――さてその後は,水を汲んだり,薪をとつたりして暮しました。何年かたちますと,後添に子が生れたので,私はその子の守をしながら,とうとう年老いて倒れてしまいました。


  上の者・下の者

 (かみ)の者と(しも)の者とが,隣りあつて住んでいた。下の者が,ある日,沖へ釣に出て河豚(ふぐ)を一匹()りあげた。船首(へさき)へ六ど追いかけ,船尾(とも)へ六ど追いかけて,それを捕えた。箱をつくつてその中へ入れ,木原(きはら)へしよつて行つて,大きな蝦夷松(えぞまつ)(いただき)にそれをしばりつけ,その真下に竹串(たけぐし)を立てた。そして大声で泣いた。
  私の村
  あなたの村
  歩く路が
  心配です
  ワアワア
 すると木原がぱつと暗くなり,片端(かたはし)から明るくなつて,恐ろしく大きな熊がおりてきた。
「お前はなにを泣いているのだ?」
「あの樹の頂にある箱を,どうして下していいかわからないので,泣いているんです」
「では(おれ)がおろしてやろう」
 熊はそういつて,樹にのぼつて行つた。そして箱のある所までいつて,(ふた)をあけて中を(のぞ)いたかと思うと,あつと腰を抜かして,そのまま高い所からもんどりうつて落ちてきた。そして竹串に(つらぬ)かれて,死体になつてしまつた。下の者は大喜びで,皮を()いで家へ持つてかえり,上の者を()びにやつた。上の者はひどく腹を立てて,
(しも)の者の(くつ)茣蓙(ござ)()る木から(つる)している。ズボンも茣蓙を織る木から吊している。食物は棚の上からだしてくる。俺なんか沓は刀架(かたなかけ)から吊し,ズボンは鎗架(やりかけ)から吊し,食物は宝壇(ほうだん)からだしてくる。先に(おれ)がやろうと思つていたのに,出しぬきやがつて,憎い下の者だ!」
と罵つた。そこで上の者の妻だけが,熊を見にいつて,大鍋いつぱいに肉を煮て食つた。そして魚の皮の衣の裾に,煮た肉を一きれ入れてかえつてきた。途中で魚の皮の衣の裾が,ハマナスの木にひつかかつた。するとハマナスの木も肉を食いたいんだなといつて,肉をそこへおいて,何も持たずにかえつてきた。
 次の日,上の者も河豚を一匹釣り上げた。船首の方へ六回追いかけて叩き,船尾の方へ六回追いかけて叩き,とうとう叩き殺してしまつた。そして箱をつくつて,その中へ死んだ河豚を入れ,木原へしよつていつて,蝦夷松の大木の頂にくくりつけて,その下に竹串を立てて,それから大きな声で泣いた。
  私の村
  あなたの村
  歩く路が
  心配です
  ワアワア
 すると木原がぱつと暗くなり,片端から明るくなつて,ひどく(おお)きな熊がおりてきた。
「お前はなにを泣いているのだ?」
「あの樹の頂にある箱を,どうして下していいかわからないので,泣いているんです」
「では俺がおろしてやろう」
 熊はそういつて,樹の上にのぼつて行き,箱の蓋をあけてみた。すると中には,死んだ河豚が入つていた。それを見ると熊はひどく怒つて,
「上の者は,方ぼうでこんな(わる)さをして歩いているんだな」
といいながら,樹からおりてきて,上の者を追いかけた。上の者はあわてて山の方へ逃げた。にげて行くと,大きな河獺(かわおそ)の穴があつた。それに入ればいいのに,河獺の穴にも入らずに逃げていくと,狐の穴があつた。狐の穴にも入らずに逃げて行くと,小(ねずみ)の穴があつた。上の者はその穴に頭をかくした。けれども体はすつかり外に出ていたので,すぐに熊にとつ(つか)まつた。熊は,上の者をさんざん()んだり叩いたりしてから,
「まだ生きてるか」
ときいた。すると上の者は((だま)つていればよいのに)
「まだ生きてるよ」
とこたえた。そこで熊は,一そう烈しく上の者を噛んだり叩いたりして,とうとう殺してしまつた。
 次の日,下の者が木をとりに山へいつて,上の者の死体をみつけた。そこでその死体を()きおこして,木の切株(きりかぶ)にもたせかけ,つながつている(はえ)をとらえて,その口の中へ入れてから帰つてきて,上の者の妻にこういつた。
「お前の亭主(ていしゆ)は山で大猟(たいりよう)して,お前のくるのを待つているよ。六人分の荷物をしよう,大荷縄(おおになわ)を持つて,早く迎えにいくがいい」
 (かみ)の者の妻は大喜びで,ぼろ着物(きもの)などすつかり持ちだして焼いてしまい,それから六人分の荷物をしよう大荷縄をもつて,山へ出かけて行つた。遠くから見ると,上の者は赤い小袖をきて木の切株によりかかり,鼻唄など歌つている様子だつたので,上の者の妻は小踊(こおどり)して()けつけてみると,夫は全身血だらけになつて死んでいた。鼻唄だと思つたのは,口の中につながつている蝿がいたのだつた。
 上の者の妻は,がつかりして帰つてきた。そして下の者の召使になり,水を汲んだり子守をしたりして一生をおわつた。


  山(うば)の嫁入

 サンナイペツで,私の姉さんが私をそだてました。男がするように,焚木(たきぎ)をとつては私をあたらせてくれ,魚をとつては私に食べさせてくれました。
 ある日,姉さんが私にこういいました。
「これ,妹や。火だねがほしいな。お前,これから行つて火だねをもらつて来ておくれ。ここから山の方へ行けば,東の方へは広い道がとおつており,西の方へは草におおわれた小路(こみち)が通つている。お前は決して,その草におおわれた小路を行つてはいけないよ。かならず広い道をとおつてゆくんだよ」
 私は姉さんにいわれたとおり,広い道を通つてゆきました。行つているうちに,ふと気がついて見ると,いつのまにか,草におおわれた小路をあるいています。
「姉さんが,あんなにかたく()めたのに」
 そう思つて,私はふたたび広い道にひつ(かえ)しました。ところが気がついて見ると,いつの間にか,また,草におおわれた小路を歩いているのです。こうして,あわせて六回,ひろい道を歩き,あわせて六回,草におおわれた小路を歩きました。
 今はもう,気が(つか)れたので,草におおわれた小路を行きました。すると一(けん)(かや)の家がありました。その茅の家には,冬囲(ふゆがこ)いが六重(むえ)にめぐらしてありました。
 その家にはいつて見ますと,一人の貧しい山姥がいました。
「これ,サンナイペツの妹娘や,なにしにきたのだい?」
「姉さんが火だねをもらつてこいというからきたのです」
 すると,山姥は,着ていた着物のすそを少し切りとつて,その上に灰を入れ,その上に火をのせました。
「これ,娘や。お前,帰る途中,灰を少しづつこぼしながら行くんだよ」
 そこで,私は灰を少しずつこぼしながら帰つて来ますと,家のかたわらに姉さんが立つていて,ひどく私をしかりました。
「何しに,あんな化物婆(ばけものばば)の家になど行つたのだい? 昔から私たちの先祖を,次つぎと()やしてきた化物なのにさ。とうとう私たちの居どころも見つけられたからには,きつとろくなことがないにちがいないよ」
 日が暮れて,私たちは眠りました。(あく)る朝,おきて少したつと,そとに(つえ)の音がキチキチと鳴りました。戸が()いて,山姥がはいつて来ました。
 山姥は,こう言いました。
「これ,孫たちや。お前たちがこんなに大きくなつたのを,ちつとも知らなかつた。今日は遊びにきたのだよ」
 姉さんは大へん腹を立てました。しかし,せつかく来たものに何もたべさせないのもよくないと思つたので,食事ごしらえをして食べさせました。食事が終ると,化物婆がこういいました。
「これ,孫や。(しらみ)をとつておくれ!」
 姉さんはひどくおこりながら,化物婆の頭から,(かえる)ほどもある大きな虱をとりました。
 その畜生(ちくしよう)は,またこう言いました。
「さあ,孫や。こんどはお前の虱をとつてやろう」
「私には虱なんぞいないよ」
 化物婆は,それでもむりやり姉さんを坐らせ,頭から虱を一匹とりました。そして姉さんに,
「舌をお出し!」
といつて,姉さんが舌を出しますと,そこへ虱をおく()りをして,こつそり太い針を出し,それで姉さんの舌を突き()して殺してしまいました。そして姉さんの着物をすつかりはぎとつて自分が着て,自分のきていた着物を姉さんに着せて,ごみ捨場(すてば)にすててしまいました。私の着物もすつかりはぎとつて,私にはぼろをまとわせ,貝殻(かいがら)で食事をさせました。私は夜も昼も,姉さんのことを思つて泣いていました。
 ある日のこと,舟を()いでくる音がしました。化物婆は,姉さんの風をよそつて,上座(じようざ)茣蓙(ござ)をしきました。二人の若者が肉をもつてはいつて来ました。化物婆はチカリペ(野草の根や茎を油で煮こんだ特別の料理)をつくりましたが,半分煮えて半分(なま)なチカリペをつくつて,若者たちに食べさせました。若者たちは,煮えた所を(けず)りけずり食べました。それから肉を煮て,みんなでそれを食べました。年下の若者は,(うま)そうな肉をりつぱなお(ぜん)に入れて,私に食べさせました。化物婆は怒つて,
「こんな化物娘(ばけものむすめ)に,そんなりつぱな食器で食べさせなくてもいいよ」
といいましたが,年下の若者は,
「自分の召使(めしつかい)にも,時にはいい食器で食べさせるもんだよ」
といいました。その晩,みんなはそこで寝ました。
 あくる朝,一同は舟にのりました。年下の若者が私の手をとつて,舟にのせてくれました。化物婆は,
「そんな化物娘は,浜へおいて行くがいい」
といいましたけれども,年下の若者は,
「自分の召使をそのまま置いてゆけるか」
といいました。
 それから一同は,(おき)へ漕ぎ出て,ある村に上陸しました。その村の少女たちが大勢いて,
殿様(とのさま)(よめ)ごが,この上をお通りになるのだ」
といいながら,浜の路に美しい茣蓙をしきました。化物婆はその上を歩いて行きましたが,舟酔(ふなよ)いのために,きたない物をもらしました。娘たちは,
「きたない!」
「きたない!」
といいながら茣蓙をたたみました。人びとは私ひとりを浜に残して,行つてしまいました。私は浜の草原へ行つて泣いていますと,そこへ一人の娘がきて,私の(そで)を引いて,一(けん)の家へつれて行きました。そして色いろ私を(なぐさ)めて,食事をさせてくれました。私をつれて来てくれた例の年下の若者もそこにいたのでした。
 その晩,私はそこに泊りました。夜中に戸外(そと)へ出て,用を()そうとしましたが出ません。
「もつと向うへ行つて用を足しましよう」
 そう思つて,少し遠くへ行つて用を足そうとしますと,誰か私にだきついたものがあります。見ると化物婆に殺された姉さんでした。姉さんは私に小袖(こそで)をいく枚も着せ,金の飾帯(かざりおび)をしめさせ,その上にぼろの着物をまとわせました。
 それから私は家にはいつて寝ましたが,私の泊つている家の例の若者は,小用(こよう)に出るとき私につまづき,小用を足して帰るときも私につまづきました……
 次の晩,本家(ほんけ)では嫁女(よめじよ)のおどりがあるからといつて,人びとがよばれました。
「サンナイペツの娘なら,(おど)れば手から,(しとぎ)をさした(くし)や,ホドイモの数珠(じゆず)や,乾肉(ほしにく)などが,きつと()るだろう」
 人びとがそういいあいました。
 山姥は私を見て,
「そこにいる化物娘,お前まず踊れ」
といいました。そこで私はたち上つて,上に着ていたぼろ着物をなげすてて踊りました。
  私の着ている小袖は
  私が踊ると
  チリン チリン チリン
  私の()いている(くつ)
  私が踊ると
  チリン チリン チリン
  私の()げている耳輪は
  私が踊ると
  チリン チリン チリン
  私のつけている首飾(くびかざり)
  私が踊ると
  チリン チリン チリン
  私のしめている飾帯は
  私が踊ると
  チリン チリン チリン
 私の手からは,粢の(くし)やら,ホドイモの数珠やら,乾肉やらが,雨と()りました。
 その村の男たちや女たちは,一同ヤンヤと喝采(かつさい)しました。
 こんどは嫁女の踊りです。山姥がたつて踊りました。
  おらがのぼろ着物(きもの)
  おらが踊ると
  バタッ
  おらがのぼろ沓
  おらが踊ると
  バタッ
  おらがのぼろ耳輪
  おらが踊ると
  バタッ
  おらがのぼろ首飾
  おらが踊ると
  バタッ
  おらがのぼろ帯
  おらが踊ると
  バタッ
 山姥の手からは,大きな蛙,小さな蛙,大きな蜥蜴(とかげ),小さな蜥蜴,大き
な蛇,小さな蛇が,ぞろぞろと()りました。その村の男たち,女たちは一同,
「おゝ,こわや! こわや! こわや!」
と,こわがりました。そして皆で山姥をとらえてなぶり殺し,乳房(ちぶさ)を切りとつて海へ投げすて,手を切つて海へ投げすて,体は魚乾竿(うおほしざお)にかけました。年上の若者は()じて仰向(あおむ)けに倒れました。それがエゾニワトコになりました。山姥の乳房はホヤになり,手は手びら貝になり,耳は「化物の耳」という海藻(かいそう)になりました。
 私は例の年下の若者と結婚(けつこん)して,なに不自由なくくらしております。


  サンナイペツの首領(しゆりよう)

 サンナイペツに一人の首領がいた。ひとりで飯を()いてたべて成人した。ある時,人の(うわさ)に,沖の国の太守(たいしゆ)の娘は大そう美しい女で,妻に持ちたい男たちが,遠い村近い村からワンサとおしかけて行つても誰一人として物にした者がないと聞いて,自分もそこへ行つて見たくなつた。
 そこで,ある日,よい着物,よい帯,よい手袋,よい(くつ),よいズボン,よい帽子で身なりを(ととの)えて,乾魚(ほしうお)(しとぎ)食糧(しよくりよう)にもち,よいスキーをはき,よい杖をついて出かけていつた。途中で,毛皮を着た男が先に行くのを見かけたので,それに追いついた。するとその男がいつた。
「沖の太守の村はまだまだ遠いんだ。今晩はここで小屋がけして(とま)つて,明日は早くから出かけていけば,まだ日のあるうちに向うへ着くよ」
 サンナイペツの首領はそれを信用して,その晩はそこに小屋がけして泊つた。毛皮の男がサンナイペツの首領に(うた)をうたえといつた。サンナイペツの首領は非常にいい声で(うた)つた。毛皮の男は大そう面白がつた。こんどは毛皮の男が唄うことになると,こういう唄をうたつた
  ンノー フンキ ポホ
  ンノー フンキ ポホ
  ンノー フンキ ポホ
 それを聞いているうちに,サンナイペツの首領は眠つてしまつた。次の朝目がさめてみると,毛皮の男の姿はなく,おまけにサンナイペツの首領の結構な扮装(いでたち)をそつくり失敬(しつけい)して,(あと)には毛皮の男が身に着けていた,よくないものだけが残つていた。サンナイペツの首領は仕方がないので,毛皮の男の残していつたものを身に着けて出かけて行つた。きのう毛皮の男が,太守の家はまだまだ遠いといつたけれど,行くとまもなくそこへ着いた。家の前に物懸(ものか)けの木が立つていて,客が大勢きているらしく,荷物がおびただしくかけてあつた。自分も荷物をそこへかけ,スキーを()いでパンパンと雪を払つた。その音をきいて,家の中で昨日(きのう)の男の声で,
「途中でまいてきた毛皮の男がいま着いたんだな」
というのが聞えた。スキーを物懸けの木に立てかけてから家の中へ(はい)つてみると,太守の家の中にはおびただしい人びとが()めかけていた。毛皮の男は太守のすぐそばの最上座にすわつていた。サンナイペツの首領は,自分は貧しい身なりをしているからとて,奴僕(しもべ)のすわる最下等の席にすわつた。長官はモイカニ(合せ弓)をだして,
「これを三つに折つた者に娘をやる」
といつた。
 毛皮の男がまずそれを試みた。あらん限りの力をこめて折ろうとしたがおれなかつた。次からつぎと人が出て試みたけれども,みなだめだつた。最後に太守がサンナイペツの首領にこういつた。
「毛皮の男,お前やつてみろ。(いや)しい者でも折れないとはかぎらないから」
 サンナイペツの首領は,再三辞退(じたい)したすえに,ついに弓をうけとつて()げまげすると,弓は三つに折れて,まん中の破片が太守の(ひたい)()ねたので,太守はびつくりして,煙草盆を抱えたままひつくりかえり,背後(うしろ)の壁にドスンとぶつかつた。
 太守がこういつた。
「明日は,俺が若いころ,仕掛弓(しかけゆみ)の矢が()さつたまま逃げた熊があつた。その矢を探してもつてきた者に娘をやろう」
 次の朝,人びとは暗いうちから起き出て,矢を探しに山へ入つた。サンナイペツの首領は(ゆう)ゆうと寝て,一ばん後から山へいつた。おびただしい人が山中を右往左往(うおうさおう)して,矢探しに夢中であつた。サンナイペツの首領はずつと山奥へ行つた。すると,金の家があつた。入つてみると,老翁(ろうおう)老婆(ろうば)と娘がいた。その老翁と初対面(しよたいめん)挨拶(あいさつ)をかわしてから,
「浜の太守が,若い時に失つた矢をとりにきた」
というと,宝壇(ほうだん)にかけてあつた茣蓙(ござ)をめくつて,その下から一本の矢を取り出してあたえ,
「お前(さき)にくだれ。そして人の歩かない所へかくれておれ。(おれ)は後からいく」
 そういつて,たつて壁ぎわから熊の皮を取り出して着ると,熊の姿になつた。首領は先におりて物蔭にかくれて見ていると,熊が(あと)からおりてきて,矢を探している連中を追いまくり,さんざん傷を()わせた。その晩,太守はこういつた。
「俺の若いころ,松前を見に行つて戻り路,大時化(おおしけ)にあつて,アシンペ(賠償(ばいしよう))に(しろがね)(つば)を海中に投じたが,それを持つてきた者に娘をやろう」
 その晩人びとは寝もやらずに,氷下魚(カンカイ)を釣る針をつくつた。そして次の朝,暗いうちから沖へ出て釣糸を垂れた。サンナイペツの首領は寝たいだけねた後,悠ゆうとおきて,一ばん後から出かけた。途中で美しい少女にあつて,(こがね)の玉をもらつた。浜辺へでて,その玉をずつと沖の方へ投げると,海の中に,帯のように水のない所ができた。そこを歩いて行くと,金の大きな家があつた。入つてみると,老翁と老婆とさつきの娘がいた。初対面の挨拶をかわしてから,
「むかし太守が松前のかえりに,海中に投じた鐔を取りにつかわされてきた」
というと,老翁はひどく怒つた。
「あの時あんなに悪口をぶちまけながら,賠償にくれた鐔をよくも取りによこせたもんだな」
といつて怒つた。
 その時屋根の上の方で,多くの人びとが,右往左往してさわぐ声がきこえ,家の中に,氷下魚の釣針(つりばり)が次つぎとおりてきた。すると,老翁はその針を取つて,一つ一つまつ直ぐに()ばしてしまつた。
 サンナイペツの首領は,老翁から銀の鐔をもらつて帰路についた。途中でまた例の美しい少女にあつた。そのいう所によると,
「太守は銀の鐔が欲しいばかりに,娘をくれるなどといつたのであつて,本とうはくれる意志(こころ)などありやしない。だから,帰つたら太守と喧嘩になる。その時これを使いなさい」
といつて,黒い糸玉と白い糸玉と赤い糸玉をくれた。
 太守の村へ帰つてくると,案のじよう娘をくれなかつた。そこで例の黒い糸玉を出して,村の(はし)までなげると,黒い土がひつくり返つて,太守の村にかぶさつた。白い糸玉をなげると,白い土がまくれ上り,赤い糸玉をなげると,赤い土がまくれ上つて,太守の村はすつかり(うずま)つてしまつた。
 それから自分の村へ帰つてきて,家の背後の大幣(おおぬさ)のかみ手に小さな家を建て,そこへ海神の娘を入れて本妻にした。


  サヌィペシのきようだい

 サヌィペシの村に,兄二人,姉一人,私は一ばん下の妹で,四人で私たちは暮していた。たいそう大きな家に,私たちは住んでいた。
 兄さんたちは毎日魚をとつてきた。姉さんはその魚を上手に切つて煮たり,時には野草の根や茎をつかつた特別の煮込料理(にこみりようり)をつくつたりして,私たちに食べさせてくれた。
 ある日,年上(としうえ)の兄さんが何か口の中てぶつぶつと(ひと)り言をいつた。何をいつたのかわからなかつた。すると,今のいままであんなに立派だつた私たちの家が,急にみる影もないあばら屋になつてしまつた。そればかりか,あんなに美しかつた年上の兄さんが,急に眼脂(めやに)をためた(みにく)い顔の男にかわつて,ぼろの着物に米俵などをしばる藁縄(わらなわ)を帯にして,右座(みぎざ)炉端(ろばた)仕掛弓(しかけゆみ)のように背中を丸くしてすわつている。そのうえ,年下の兄さんは見るからに恐ろしいおおきな(おす)犬になつて寝台の下につながれていたし,姉さんはと見れば,これも細つこい尻尾(しつぽ)冬毛(ふゆげ)のついた,見すぼらしい(めす)犬になつて,長ながと寝そべつているのだつた。
 やがて年上の兄さんが炉端で,こんどはきこえるように独り言をいつた。
「今日,雷神(らいじん)の兄弟の青年たちは,何しにこの(おれ)たちの村へやつてくるのだろう?」
 そういつているうちに,早くも戸外(そと)に人びとのくる音がした。あまりむさくるしい家なので,しばし(はい)りかねて,そこらをぶらぶらしている様子だつたが,やがて家の中へ入つてきた。そして上座(じようざ)にすわつて,藁帯の兄さんに挨拶した。客人(きやくじん)たちは盛んに藁帯の兄さんに話しかけるのだつたが,藁帯の兄さんは,相かわらず背中を仕掛弓のように丸くして炉端にすわつたまま,黙然として一こうに()り合おうとはしなかつた。
「昔からサヌィペシ村の首領といえば,近い村むらは(うわさ)が通りこし,遠い村むらに噂がとどいていた程の人びとだつたのに,このざまは何としたことだろう? 家の中もなにも塵芥(ごみ)だらけにして……」
と客人たちは,ひどく不審(ふしん)に思つたらしかつた。
 その時,隅つこにねそべつていた姉さんの雌犬が,長ながと背伸(せの)びをしてから起きてきて,朝食ののこりがお(わん)の中に入れてあつたのを口にくわえて客人たちの前へ持つてきた。みれば(きたな)らしい,欠けた椀の中に,魚の目玉やら,骨やらが,ごたごたと入つている。客人たちはそれに手を()れようともしなかつた。そして,やがて憤然(ふんぜん)として出ていつてしまつた。そこまでは,夢のように(おぼ)えているが,それから後はぜんぜん覚えがなくなつてしまつた。
 ――ふと,年上の兄さんの笑い声をきいたように思つた。見ると,家も人ももとの通りになつていた。それから後は何事もなく,兄さんたちは毎日魚をとつてきたし,姉さんはいろいろ料理をこしらえて私たちに食べさせてくれた。
 するとある日,年上の兄さんがまた何やら独り言した。すると,家の中が急にまた塵芥だらけになり,年下の兄さんも姉さんも,私もふたたび犬になつた。年上の兄さんは急に眼(くさ)りの醜い男になり,例のぼろ着物に藁帯をしめて,炉端に背中を仕掛弓のように丸くしてすわつていた。そして,
「今日,鯱神(しやちがみ)の青年は,何の用があつて,俺たちの村へくるんだろう?」
 そう独り言をいつた。すると戸外に人の音がして,しばらくそこらをぶらぶらしている様子だつたが,やがて入つてきて,上座にすわり,縄帯(なわおび)の兄さんに挨拶した。けれども縄帯の兄さんは相手になろうともせず,相かわらず,背中を仕掛弓のように丸くしながら炉端にすわつたまま,むつつりしていた。姉さんの雌犬が()きてきて,例の(きたな)らしい()け椀に,魚の骨だの眼玉だのの入つたものを口にくわえて出したけれども,客人たちは食わなかつた。そしてやがて憤然として立ち去つた。それから私はまた気を失つていた。兄さんの笑い声にふと気づいてみると,家も人もやつぱりもとどおりになつていて,何の変りもなかつた。
 それからいく日かたつて,年上の兄さんがにまたもや独り言をした。すると,家の中がまた塵芥だらけになり,私たちは犬になつた。年上の兄さんは,例の恰好(かつこう)で例のごとく,
「今日,雲の(せき)の青年は,何用があつて俺の村へくるんだろう?」
と独り言をいつた。その時戸外に人の音がして,しばらくそこらをぶらぶらしていたが,やがて入つてきたのを見ると,何ともいわれない美貌(びぼう)の青年だつた。上座について,縄帯の兄さんに挨拶したけれども,縄帯の兄さんは知らぬふりをしていた。青年はいろいろと話しかけるのだが,縄帯の兄さんは,一こうに取り合おうとはせず,相かわらず背中を仕掛弓のように丸くして炉端にすわつていた。
 やがて姉さんが,例の欠け椀をくわえてきた。すると青年はそれをとつて,美味(うま)そうに食べてしまつた。その上に,縄帯の兄さんが,
「そのような椀は()めんでもいいよ」
といつたのに,青年は,
「おじいさんたちの食べたお椀だもの,なんで舐めずにおかれようか」
といつて,ていねいに舐め清めてかえした。
 食後,青年は縄帯の兄さんに,
「お前は雄犬を一匹,雌犬を二匹ももつている。雌犬を一匹俺にくれないか」
といつた。縄帯の兄さんは,
「いやだよ」
とこたえた。それでも青年は強引(ごういん)にねだつたので,縄帯の兄さんも根負(こんま)けして,姉さんの雌犬をやることにした。縄帯の兄さんが,
「まだ若い雌犬だから,途中で歩かない時は頭を叩いてやれ」
というと,青年は,
「頭を叩くなんて可哀(かわい)そうだ。()いて行くからいいよ」
といつて,姉の雌犬を(やさ)しく抱いて出ていつてしまつた。
(それから私は気を失つていた。やがて兄さんの笑い声にふと気づいてみると,家はもと通りになつている)
 姉さんがいなくなつたので,翌朝から私が炊事(すいじ)することになつた。初めてのことなので,兄さんたちに笑われやしないかと心配しながら,姉さんが毎朝したとおりをまねて食事ごしらえをした。
「おゝ,おゝ,ちびちやん,なかなか上手だよ」
と兄さんたちは()めながら食べてくれた。
 それからまた何日かたつた。ある日,年上の兄さんが又も何やら独り言をいうと,家の中が急に塵芥だらけになり,年下の兄さんも私も例のとおり犬になつた。年上の兄さんも,例の如く醜い顔の男になり,ぼろの着物に縄帯をしめて,炉端で背中を仕掛弓のように丸くしながら,
「今日,山の奥の青年は,何の用があつて俺たちの村へくるんだろう?」
(つぶや)いた。その時戸外に人のくる音がして,しばらくその辺をぶらぶらしている様子だつたが,やがて入つてくるのを見ると,今までみたこともないような美しい青年だつた。上座にすわつて,縄帯の兄さんに挨拶した。
しかし縄帯の兄さんは何もいわず背中を仕掛弓のように丸くしたまま,炉端にすわつていた。青年は盛んにあれこれと話しかけるのだつたが,取り合おうともしなかつた。私は例のとおり犬になつて,室の隅つこにねていたが,この時起き上つて,例の欠け椀を口にくわえて青年の前へもつていつた。すると青年はそれを取つて,うまそうに食べおわり,縄帯の兄さんが,
「そのような椀は舐めなくてもいいよ」
といつたのに,青年は,
「おじいさんの食べたお椀だから,舐めないわけにはいかない」
といつて,きれいに舐めてかえした。
 食後,この青年も犬をくれといつた。縄帯の兄さんはことわつた。青年は,
「お前の所には二匹もいるではないか。雌犬を一匹俺にくれ」
と,強引にねだつた。縄帯の兄さんは根負けして,とうとう私をくれることになつた。縄帯の兄さんは,
「まだ若い雌犬だから,途中で歩かなくなつたら頭をこつんとやつてくれ」
といつたけれども,青年は,
「頭をどやすなんて可哀そうだよ。俺が抱いて行くからいい」
といつて,私を優しく抱いて自分の家へ連れていつた。青年の家には妹が一人いた。その妹に,
「飯を()いて犬にどつさりご馳走(ちそう)してやれ」
と命じた。妹が炊いてくれたのを,私は口のまわりを飯だらけにして食ベた。
 次の朝,戸外に犬の吠える声がした。妹が出て見た。そして,
「とつても大きな雄犬が,縄附(なわつ)きのままで戸外にきているよ」
と兄に告げた。青年は直ちに出ていつてその犬をつれてきた。そして飯を炊いて食わせた。
 次の朝,青年は妹に,
「この犬をサヌィペシの村へつれて行け。逃がしたら困るから,縄尻(なわじり)をしつかりつかんで行けよ」
と命じた。妹はその犬の縄尻を取つて出ていつた。
   (ここまではサヌィペシ村の末娘がいうことになつている。これから以後しばらくは山の奥の神の妹のいうことになる)
 私は山の奥の青年の妹だが,その犬をつれて出ると,雄犬のこととて先になつて駈けるので,私はそれに引きずられて走つた。すると途中でとつぜん犬が立ちどまつた。そして後戻りしたかと思うと,私の顔をべろべろ舐めた。私は気味が悪くなつて,思わず手を放した。すると犬は,そのまま路の外へ飛びこんで見えなくなつてしまつた。
 私は,犬を逃がしてしまつたので,兄さんの家へ帰れなくなつた。そこでサヌィペシの村へ行つた。サヌィペシの首領の家は,聞きしにまさる立派な家だつた。家の外をぶらぶらしていると,中から,
「山の奥の神の妹よ,はいつたらどうだ?」
と,声がかかつた。そこで家の中へ人つた。兄弟の青年がいた。じつはこういうこういうわけで,犬を探しにきたんですというと,弟の青年が笑つて,
「あの犬は,じつは俺だつたんだよ」
といつた。私はこの青年と夫婦になつた。
   (ここで話変つて,山の奥の神の所にきていた,サヌィペシの妹のいうことになる)
 私は,昼間みれば犬だが,夜見れば非常に美しい娘となつた。山奥の青年は私を妻にして可愛がつた。しばらくそうして暮していたが,美しい娘を抱いていると思つても夜が明けて見るといつも(きたな)らしい犬の姿なので,とうとう嫌気(いやけ)がさして私を(いじ)めはじめた。そして,
「犬と所帯(かまど)を持つ位なら,沖の村の妹を貰えばよかつた」
と言い言いしていたが,ある日どこかへ出て行つて,それつきり姿を見せなくなつた。
 その後で私は可愛(かわい)らしい男の子を産み落した。子供を産み落すと同時に,またもとの人間の姿にかえつた。それからまた二年たち三年たつて,ある日,夫が沖の村の妹をつれて帰つてきた。夫には私の姿も子の姿も(もや)に包まれて見えなかつた。わざと子供を泣かせてもその声も聞えなかつた。そして夜も昼も新しい妻を可愛がつているのを見て,私はとうとう決心して,ある日子供を懐ろにしてサヌィペシの兄さんの家にもどつて行つた。
 サヌィペシの兄さんの家では,私がやせ衰えて帰つてきたのを見て,年上の兄さんの妻(これは雲の関の青年の妹)と,山奥の青年の妹である年下の兄さんの妻とが,庭先へ()んで出て,子供を抱きとり,私の手を引いて家の中へ扶け入れた。私は兄さんの家に帰り着くとそのまま床についてしまつた。
   (ここでまた話変つて,こちらは山の奥の青年のいうことになる)
 山奥の青年である私は,沖の村の首領の妹に責められて,はじめて事の真相(しんそう)を知つた。そこでうしろの宝壇(ほうだん)の所にいつて茣蓙(ござ)をまくつて,中から,女子の宝物を入れる祖母(おばあさん)伝来(ゆずり)の小鞄を取りだして(ふとこ)ろに入れ,サヌィペシの自分の妻のところへ(あや)まりに行つた。妻はもう死ぬばかりの所であつた。しらせをうけて雲の関の姉夫婦も来ていた。自分の子供は妻の上の兄が抱いていた。私は妻の兄たちに挨拶してから,自分の子供を抱きとろうと両手をさし伸べた。すると,今は妻の年下の兄の妻になつている実の妹が怒つて,
「一たい兄さんは何しにここへきたのさ? 山奥の村で,姉さんや坊やに物も食わせず虐めておきながら,今さらのめのめとこの家にやつてきて,夫でございの,父親でござるのといえた義理ではないでしよう!」
と,さんざんに自分の兄を(ののし)つた。するとサヌィペシの年上の兄がそれをとめて,
「いいよ,いいよ,何といつても父親は父親にちがいないからな。後悔(こうかい)して詫まりにきた者を,そんなに悪くいうものではない。山奥のお方,さあここへきて,あんたの子供を抱きなさるがいい」
といつて,自分と,寝ている妻との間の座席を少し()けてくれたので,そこへ行つてすわつて子供を受けとつた。そして(ふとこ)ろから,祖母さんの小鞄を出して,その中から,黄金(こがね)白銀(しろがね)とでつくつた何だかを(伝承者は品名を胴忘れした)取り出して子供にあたえ,また黄金と白銀とでつくつた頸飾をとりだして妻の頸にかけた(自分の行為に対する詫びの印に妻子に賠償品(つぐない)を出したのである)。それから子供を一たん兄の手にかえし,戸外に出て,何の草だかで手草(たくさ)を二本つくつて下げてきて妻の体を払い清め,さらに小鍋に薬草を(せん)じて,それを口移しに妻に飲ませた。最初に飲ませたのは()いた。二ど目に飲ませたのも吐いた。三ど目に飲ませたのがやつと腹におさまつた。四ど目に飲ませたのも腹におさまつた。するとだんだん顔に血の気がさしてきて,やがて眼を開けた。(やつ)れてはいても どこにもないほどの美人で顔の光が月の光のように家の中に照り輝いた。二日三日看病しながら逗留(とうりゆう)しているうちに,()つて歩けるようになつたので,家へつれ帰つた。そしてサヌィペシの妹を本妻(ほんさい)に,沖の村の妹を副妻(ふくさい)にして,正副二妻を持つた。沖の村の妹は,本妻を黄金の台座(だいざ)にすわらせたまま何もさせずに,水を汲んだり子供の守をしたりして,まめまめしく(つか)えた。本妻から二た組の男の子と女の子とが生れた。後から生れた一と組を本妻の子にし,先に生れた一と組は副妻の子にして,隣り村に家庭を持たせた。


  流れてきた母神

 昔,サヌペツの村に,二人の妻をもつた男が,住んでいました。顔のゆがんだ,(みに)い女たちで,おまけに心まで,ねじけておりました。
 ある日,男はいつものように,川口に(やな)をみにいきました。ところがその日は,どうしたことか,一匹の魚もかかつていませんでした。そこで,(あみ)をさかさにしてみますと,中から(こがね)の玉が,ころがりおちました。何だかわかりませんが,持つて帰つて,屋根裏にあげておきました。
 すると真夜中に,屋根裏でごそごそと音がして,金の玉がおちてきました。そして上座(じようざ)にあがつてきて,男のふところの中へはいつてくる様子でありました。気味悪くおもつておさえてみますと,金の玉は,いつのまにか,夜目にも美しい女になつていました。
 あくる朝,二人の顔のゆがんた女たちは,とつぜん美しい女があらわれたので,驚きました。その女は気立てもやさしく,主人が可愛がるので,焼餅(やきもち)をやきましたが,どうにもなりませんでした。まもなく男は,この女を本妻にしました。そして四人で,うわべは平和にくらしていました。
 ある日,男は隣国へ,交易(こうえき)に出かけることになりました。ふつう交易に出かけたら,天気の都合で,何年もかかるのであります。そこで男は,舟出する前に,三人の女に,
「お前たちは,俺の留守中,どうしているつもりか?」
とききました。側妻(そばめ)の一人は,
「私は,あなたのおかえりまでに,刺繍(ししゆう)した皮手袋をつくつて,待つています」
と答えました。もう一人は,
「私は,刺繍した脛衣(はばき)をつくつておきましよう」
とこたえました。さいごに本妻は,
「私は,可愛い赤ちやんを()んでおきます」
といいましたので,男は,大へん喜んで出かけました。
 男が交易に出かけたあと,本妻の産み月がきて,お産の日もだんたん近づいてきました。もともと,主人をとられたことを,心よく思つていない側妻たちには,本妻を介抱(かいほう)してやろうなぞという,親切なきもちは,すこしもありません。
 いまにもお産をしそうな女をつかまえて,むりやり家の前の高倉にかつぎ入れたまま,ろくに世話もしませんでした。そればかりか,おりてこられないように,意地悪く,倉の梯子をとつてしまいました。しかもこの倉は,粗末なつくりで,(ゆか)板は隙間(すきま)だらけでありました。
 この中で,いく日もお産に苦しんだあげく,どうにか,可愛らしい男の児を,産みおとすことができました。しかし,何しろ床は大きな隙間だらけでしたので,ひよつとした(はず)みに,赤ん坊は敷板の間から,地面へころげ落ちてしまいました。
 母親は,助けにおりたくても,お産をしたばかりではあり,それに,梯子を持つていかれてしまつたので,どうしようもありませんでした。
 ちようどその時,倉の下に,一匹の雌犬(めすいぬ)()をうんで,うずくまつていました。赤ん坊は,そのそばに落ちました。雌犬は,この赤ん坊を,自分の仔といつしよに育てました。犬の乳で,六日六晩育てられると,赤ん坊
は犬の姿になつてしまいました。人間の心はもつていても,人間の言葉はしやべれないのです。そして,犬の仔の育つように,ぐんぐん大きくなつて,一ケ月もたつと,もう歩きまわるようになりました。
 犬になつた男の児は,ある日,育ての犬のもとを離れて,山の方へさまよい出ました。すると,どこからか,(まさかり)を使う音がします。その方へいつ
てみますと,狐皮の帽子をかぶつた女が,樹をきつていました。女は小犬をみると,家へつれていつて育てました。
 けれども狐の臭がして嫌だつたので,またさまよい出ると,貂皮(てんかわ)の帽子をかぶつた女が,樹をきつていました。こんどは,その女につれられていきましたが,貂の臭が鼻についていやだつたので,またその家をぬけ出しました。すると,山でやはり鉞をふるつている女に出あいました。それは,大そう美しい親切な女で,小犬をみると,
「なんてまあ,可愛らしい小犬でしよう!」
といいました。そして家へつれてかえつて育てました。
 小犬は,大へん幸福(しあわせ)にくらしていましたが,何しろ人間の言葉がいえなくなつていたので,この親切な小母(おば)さんに,お礼をいうことができません。せめて,何かのお手伝いだけでもしてあげたいものだと,思いました。
 そして小母さんが,奥山へ,焚木(たきぎ)とりにいつたり,ごちそうの材料にする野草をとりにいつたりした留守には,人間になりたいなと,いつも思いおもいして,くらしていました。
 ある日,小母さんが魚とりにいつた留守に,鍋にお湯でも沸かしておいてあげようと,炉鉤(ろかぎ)を口でとろうとして,色いろ工夫していると,そこへ小母さんがかえつてきて,
「何という,危ないことをするの。その気持だけで結構,けつこう,そんなにしてくれなくつてもいいよ,いいよ」
といつて,抱きあげてくれました。
 ある晩のこと,小犬の男の児は,お小用(こよう)がしたくなつて裏へ出ていきました。すると何かに(つまず)いてひどくころび,そのまま気が遠くなつてしまいました。
 やがて気がついてみると,いつのまにか自分は,もとの可愛らしい男の児の姿にかえつていました。大喜びで家へはいると,小母さんも大へん喜んで,男の児に,身の上を語つてきかせました。
「お前はもともと小犬ではなく,神様の子供だつたのだよ。お前の母様は,魚をさずける神様で,私も こうして人間の姿はしているけれども,じつはシリケセカムイという神なのだよ」
と,はじめてその素性(すじよう)をあかしました。そしてこの,シリケセカムイと名のる姫神は,ほんとうにきれいな声で,(うた)いだしました。男の児は,一語もききもらすまいと,耳をかたむけました。
  (以下各句の頭にケヘ・ケム・パーナ・ケム・パーナという囃子詞(はやしことば)を繰り返す)
  サヌペツの
  青年が
  顔のゆがんだ醜い女
  ふたりの女を
  妻にしていた。
  ある晩
  (やな)を見まわりに
  いつた。
  魚が一尾も
  簗の中になく
  金の玉ばかり
  その中にあつた。
  家へ
  もつてかえつて
  天井裏に
  あげておいた。
  少女に
  なつて
  お前の父さんと
  夫婦になつた。
  ある日,お前の父さんが
  交易に
  いこうとして
  その前に
  自分の妻たちに
  そのことをいい残した。その時
  一人の少女は
  手袋を
  つくつて待ちましようといつた。
  もう一人の少女は
  脛衣を
  つくつて待ちましようといつた。
  お前の母さんに
  「お前,なにを
  つくつて
  俺を待つつもりだい?」
  とたずねると
  「わたくしは
  小さな可愛い
  男の児を
  つくつて
  あなたを待ちます」
  とこたえた。
  お前の父さんは大へん
  よろこんで
  日本(となり)の国に
  交易に出かけていつた。
  そのあとで
  お前の母さんが
  お産の日がくると,
  醜い女たちは
  お前の母さんを
  とらえて
  高倉の上に
  つれてのぼつた。
  その中で
  お前が生れ
  高倉の床の隙間から
  おちて……
  …………
と,男の児に語つてきかせました。男の児は,はじめて自分の身の素性を知りました。そして()みの母や父にあいたいという,切ない気持を(いだ)きました。

 話かわつて,男の児の家では,二人の側妻が,男の児のお母さんを,倉からおろしてつれてはきましたが,ろくろく食事もやらずに,()の隅へすてておいたので,産後の肥立(ひだち)も悪く,産んだ児の行方(ゆくえ)を案じて,おとろえて病気になつてしまいました。
 その頃,男の児のお父さんが,交易をおえて,帰つてくるというしらせが,ありました。やがてその着く日がきますと,二人の側妻は(はれ)と着飾つて,浜へ迎えにでました。浜辺へおりた主人は,愛妻の姿がみえないのに,すぐに気づいて,
「妻はどうした?」
と,二人の側妻にたずねました。二人の女は,かわるがわる主人に訴えて,
「あの女は,あなたの可愛い坊やをうみました。けれども赤ん坊を育てようともせず,飢えさせて,川へすててしまつたのです」
といいました。
 それをきくと,主人の青年は,大へん怒つて,お土産の品じなの陸上げもそのままにして,いきなり家へ駈けつけて,病みおとろえた少女を,散ざんに折檻(せつかん)しました。それをみて,二人の側妻たちは,顔見合せて北叟笑(ほくそえ)みました。
 ある日,青年の家の前に,二人の旅人がやつてきました。一人は美しい女で,もう一人は,可憐(かれん)な男の児でありました。女は,男の児に,
「これが,お前の生れた家ですよ。中にはお前のお父さんもお母さんもいる。けれど,どんなことがあつても私がいいというまでは,名乗りをしてはいけませんよ」
といいきかせました。
 炉端(ろばた)にあぐらしていた青年は,戸外(そと)に人の気配(けはい)を感じて,すわつたまま,
「ごらんの通りの貧乏ぐらしで,犬一匹いないほどですから,お出迎えに出すような,気のきいた召使などありません。どこからいらした方たちか,存じませんが,ご用がおありなら,勝手にお通りください」
といいました。
 二人の旅人は,蓆戸(むしろど)をおしてはいつてきました。右座には,気品の高い青年があぐらし,その左に二人の醜い女が,横ずわりにひかえていました。火尻座(ひじりざ)に,痩せおとろえてはいますが,どことなく(こう)ごうしい顔をした女が,ふせつておりました。これこそ,ほんとうのお母さんだと,男の児は心におもいました。
 青年と女とのあいだには,初対面の挨拶がかわされ,四方山(よもやま)ばなしがはずんで,いつのまにか,日が暮れかけてきました。女は子供に,
「さあ,おそくなつたから,もう帰りましよう」
といいきかせ,主人にむかつて,
「大へんお邪魔(じやま)をいたしました。夜にならないうちに,帰りたいとぞんじます」
と申しました。すると主人は手をふつて,
 「初めておあいした方たちですのに,なんだかこのまま,お別れしたくないような気がします。今晩は,お泊りなさつては」
と,心からひきとめました。女もすすめられるままに,その夜はそこに,泊ることになりました。
 家の主人は,炉隅(ろすみ)にたてた灯燭(あかり)にてらしだされた子供の顔を,しげしげと眺めては,何ごとか,もの思いに()けるようすでした。そして時どき,火尻座にふせつている妻と見くらべなどしていましたが,やがて子供にむかつて,
「なあ,坊よ。なにか面白い話を,小父(おじ)さんにきかせてくれないか」
と,話しかけました。子供は,何を話しだそうかと,思い(まど)うようすでした。すると女が,
「なんの,こんな子供に,お話なぞできましよう。私がかわりに(うた)います」
といつて,声美しく唄いだしたのは,例の子供の素性をうたつた唄でありました。唄いすすむにつれて,家の主人には,この子供が愛する少女のうんだ,自分の実の子であることを知り,妻の貞節(ていせつ)も側妻たちの意地の悪い仕打(しうち)もすべてわかりました。唄いおわつた時,主人は子供をだきあげて,
「おゝ,可愛い子よ!」
と,(ほお)ずりして,
「よく育つてくれた。これもみな,女神さまのお(かげ)です。ありがたい,ありがたい!」
と,喜びました。子供もいまは晴れて,「父さん! 母さん!」
と,抱きあつて,嬉し涙にむせぶのでした。
 あくる朝,シリケセの女神は,山へ帰ろうとして,子供もつれていこうといいだしました。青年は,子供をつかまえて離しません。そして,
「二人の悪い女に(だま)されたのです。なんでもあなたの御命令にしたがいますから,子供だけは,おいていつてください」
と,一心にたのみました。女神は,
「では,二人の悪い女を,罪のむくいとして,この児の母が受けたと同ようの目にあわせるなら,この子はおいていつてあげましよう」
といいました。主人は,
「かならず,この(つぐな)いはいたします」
といいました。そして女神の眼の前で,二人の悪い女を,さんざんに責めさいなんだ上,
「お前たちのような悪い女は,どこへでもいつて野たれ死にせよ!」
といつて,追いだしてしまいました。そして,あらためて男の児の母に()びて,介抱(かいほう)に手をつくしました。それを見とどけて,女神は山へもどつていきました。そのあとで親子は,いつまでも(むつ)まじく,楽しくくらしたということであります。

 【解説】
 1 ルルパの首領
 鯱は,吾々の間には,「鯱鉾立ち」,天主閣の上の「鯱鉾」ぐらいにしか用のない名になつているが,海に棲む哺乳類で,群を成す時は,鯨を殺すという強猛なものらしく,アイヌではレプンカムイ即ち「沖の神」として崇拝され,陸上のキムンカムイ即ち「山の神」の熊と相対するやかましいものである。従つて,ユーカラ・オイナ・昔ばなしには,毎度出て来,家によつては,又部落によつては,殆んどトーテムのようにもなつていて,紋章にもなつている。器物の裏面によく見る卜字に似た彫刻は,その単純化された図案である。背鰭が高く海の水面に出て,矢のように早く行く,その背鰭を立てた形がそれである。大抵は,人間を守る談が多いのであるが,ここにあげた談には,たまたまこの神のいたずらが物語られている。
「筋子のスープ」原語はホマ・ウセイで,ホマは「筋子」,ウセイは「湯」である。知里君の原註に,「乾燥鮭卵のスープで,魔性の者に,正体を露わさせる力があるものと信じられているもの」とある。それで,今ここで急につくらせることになつたのであろう。
「ウカラ」ukar は,「相撃」の義,昔の本には「しゆつ打ち」と出ている。しゆつとは,ウカラに用いる棍棒 shutu のことで,体操用の棍棒ほどのもので,先に筋を入れたり,イボイボをつけたり,これで打たれたら……と戦慄させるようなものが,昔はあつた。武器であつたからである。平時にも刑罰に用いられ,又決闘にも使われた。ここは,どつちが正しいかを決定する試合である。「正しいのが勝つ」「勝つのが正しい」のであつた。それで正邪がわからない時に勝負できめるというのが,アイヌ文学に見るいつもの例である。(昭和16年8月,タラントマリに於て,西田ルサさん(57歳)の口述,知里筆録)

 2 上の者・下の者
  私の村    クコータン
  あなたの村  エコータン
  歩く路が   ケマニンカシ
  心配です   クラモマレ
  ワアワア   トーパイ
 この話は,普通の上の者・下の者の昔ばなしの型を少し破つているが,それでも下の者が敬虔であつて福徳を得,上の者は不心得で失敗をするという点は変りがない。(昭和19年7月,シラハマに於て,木村ウサルシマ婆さんの口述,知里筆録並に訳)

 3 山姥嫁入
 山姥の話は,奥州の昔ばなしにもよくあつて,私などは子供の時代から耳馴れた名である。尤も中には金太郎を育てた山姥,継子説話の姉娘を保護してくれた山姥,などもあつて,恐いものばかりでもなかつたが,アイヌの山姥は,ケナシウナルペ(kenash は「林野」,即ち,川添いの木原,unarpe は「叔母」)といつて,いつも薄気味の悪い存在で,多くは若い美しい娘が被害者である。それに見せたり,その声をまねたり,殺してその着物を着て化けたりする話が,私共の記憶におぼろげに残つているが,アイヌ説話では,専らそういう話になつている。樺太までそういう話になつているらしい。
 奥州の継子説話にも,山姥が継子娘にしらみを取らせるが,ここにもそれが見えている。そして,歯でつぶすことが,やはり出ている。「舌を出しな」と口をあかせるのが,即ちそのためである。
 娘に化けてばれる段,山姥の悲劇のところが話によつて色々になつている。
「茅の家」は原語,キー(茅)チセ(家)即ち,屋根のみならず,壁にあたる所も,すつかり茅束を立てて造つた家。
「舌をお出し」は,しらみを,口に入れて,歯でつぶす風習。
「チカリペ」は「吾々の造るもの」の意,植物性の料理は御馳走だつた風習。
「きたない,きたない」の原語は,「イチャ! イチャ!」
 ホドイモ(一名エゾエンゴサク)は,根に小さな芋がついていて,東北地方の昔ばなしの「ほど」というものにあたり,北海道人の中では「アイヌほど」ともいわれる。
「おゝこわや! こわや!」の原語は,ヘイ,アマ! アマ!
「仰向けに倒れた」は,死んだ意。
「ほや」は乳房に似た形をしているもの,原語トホイ。
「手びら貝」は原語テヘ,・コホ・コロ・ポン・セイ「手・窪・持つ・小・貝」の意。帆立貝科,掌に似る。
「化物の耳」 原語「オヤシ(化物)キサラ(耳)」で,海藻の一種。
 この条,化生説話。なお,本文には削つたが,山姥の体の部分を切り取つて捨てるところに,第一に「陰部を切り取つて海へ捨てた」とあつた。そして化生の条にも,第一にその事を語つて,陰部がアラペになつたという。方言「むい」と呼ぶもの,岩に附着していて,皮も肉も食べられると。
 (昭和18年3月11日,多蘭泊に於て,西田ルサさん(59歳)口述,知里筆録並に訳)

 4 サンナイペツの首領
「毛皮を着た男」原文にはノールシを着た男とある。ルシは毛皮であるが,どういうものの毛皮か,不明。文面によれば,あまりよいものではないらしい。
「熊の姿になつた」山奥へ行つて,金の家があつて,中にいた老翁は,「山の神(キンムカムイ)」即ち熊神なのである。出がけに熊の皮を取つて着たら熊の姿になつたというのは,即ちこの翁が熊だからである。次には海中へ行つて,また金の家がある。即ち「沖の神(レプンカムイ)」,鯱で,この熊と鯱とは,山の神と沖の神とで,共にアイヌの主神たちである。(昭和19年7月,シラハマに於て木村ウサルシマ婆さん口述,知里筆録)

 5 サヌィペシのきようだい
「野草の根や茎を使つた特別の煮込料理」原名チカリペ(「吾々の造る物」)は,御馳走。北海道アイヌも,魚や肉類を常食としていた生活に,植物性の料理は御馳走の方で, ratashkep といつて,珍重され,喜ばれた。
「仕掛弓」原名,アマ(「置く」)クー(「弓」),またアマッポ(amap「置くもの」,po は指小辞)などいい,熊などの通路へ,糸を張つて仕掛けて置いて,糸へさわると,矢が飛んで来る装置,その為に,弓はしぼられたままに仕掛けてある。鸞曲の状をたとえたもの。
「雷神の兄弟の青年たち」原語,カンナカムィ(「天上の神」「雷神」)ウリワハネ(「同胞の」)ホロケゥポ(「青年」北海道では,「児狼」にもなる)ウタテ(「たち」)。
「近い村々は噂が通り越し,遠い村々に噂が届く」原語ハンケ・コタン(「近い村」),アスル(「評判」・「噂」),カーマ(「跨いで通る」),イツ°マ・コタン(「近い村」)、アスル(「評判」・「噂」),オシマ(「ぶつかる」・「ばつたり落ちる」)。遠近へ評判がまわること。
「鯱神の青年」 原語,チオハヤク(「鯱」)・ホロケゥポ(「青年」)
「雲の関」 原語は,ニソラチ(「雲がそこに収まる所」),雲が出てひろがる,のも,また一天からりと晴れて雲が見えなくなつてしまうのも,そこから出て来,そこへ収まるものと考えられている。此の国土の涯の天と接するあたり。北海道アイヌ語にニソシッチウィ(「雲がそこに落ちつく所」)というにあたる。
 この物語,犬になつたり,人になつたり,人狼伝説の面影がある。(昭和19年7月21日,シラハマに於て木村ウサルシマ婆さん口述,知里筆録)

 6 流れてきた母神
「サヌペツ」樺太の昔ばなしに出る主な村名の一つ,サヌィペツと同じであろう。
「一人の男」この男は,原語 horkeupo という。horkeu は北海道でなら,普通に狼である。それに,親称の po(原義は「子」)を添えて青年男子をそういう。樺太の昔ばなしにはいつもそういうのは何かわけがあるであろう。
「醜い女」原語は nubeue moromaxpo であるが,樺太の昔ばなしの語で,男子を horkeupo というに対し,女子をmoromaxpo という。max は北海道の mat(「女」)であつて po は親称である。この moro も,何か仔細があることであろうが詳かでない。
「心のねじけたもの」 原語は ram nenke ajnu
「簗」 原語 uraj
「網」 原語 toxta
「金の玉」 原語 kani-taxtax
「屋根裏」 原語 paraka
「隣国」 sisam kotan「側の郷・村・国」は,普通に日本のことをいう語。
「交易に出掛ける」 原語 ujmam ene oman
「皮手袋」 原語 matumere
「脛衣」 原語 hampaki は,邦語の入つたもの,恐らく北海道の方に ponpaki というのも語原は恐らく同じ。
「ごちそう」 原語 chikar-ipe(「吾等の造る・食事」),植物性の料理。肉食生活の民族には此が却て特殊のごちそう。
「魚を授ける神様」 原語 chex exte kamuj「魚を・(人間界へ)よこす・神」
「シリケセ・カムイ」原語 shiri「国土・山」kese「の末・尻」
 ケヘケム・パーナ・ケム・パーナ(kex kem pana kem pana)は唄の囃子。
「わが妻なる少女」 この少女も原語は moro maxpo
「ごらんの通りの貧乏ぐらしで,犬一匹いないほどですから云々」は,意訳。原語は極めて簡潔,seta kuri「犬の影」kajki isam「も無し」neewa「どこから」ox「来た」ajnu ne「人間で」anaxkajki「あろうとも」jajahun-ke「自身を入れる」anax「なら」pirika「よし」。(昭和19年,シラハマに於て,オオトマリ出身の白川ユキ婆さんより,和田文治郎氏筆録,知里訳)
(『りくんべつの翁』彰考書院,昭和23年)
  


底本:「知里真志保著作集 第1巻」平凡社
   昭和48年5月16日初版第1刷

栽培生活
知里真志保「りくんべつの翁(樺太編)」