ルルパの首領――ルルパの首領が自ら語つたお話――
私はルルパで,叔父さんといつしよに,住んでいました。叔父さんは,私をまるで女の子のように世話してくれて,
「遠い村の
それをきくと,腹がたつたので,そのまま聞きながしてねてしまいました。だが考えてみますと,小さい時から,まるで女の子のように可愛がつてくれた,叔父さんのいうことを,そうむげに,しりぞけるわけにはいきませんでした。
――そこである日,
「お前の行く村は,足のはやい男なら,
といいました。
その足あとをつたつていきますと,午頃,遠い村につきました。家の後ろをとおつて前に出ますと,
すると家の中から,召使の男がでてきて,私の頭からつくづくと見おろして私の足を越し,また私の足からつくづくと見あげて私の頭を越し,家の中へひつこんでいきました。そして家の主人に,ひそひそと,こう告げているのが聞えました。
「さつき来た首領と,そつくりの首領が戸外にきているよ」
すると,主人のこういつてるのがきこえてきます。
「隣にも家があるのだから,そこへいつて休めといえ」
そういうのが聞えたけれども,私はかまわずに,はいつていきました。
――見ると,
私は,その男の隣にすわつて,左座の若い首領とばかり話しました。家の主人のお爺さんの方は,私より先にきた首領とばかり話しあつておりました。
――家の主人は,女たちにむかつて,
「
といいました。
そこで女たちは,筋子のスープをつくりました。私は,歯に筋子がねばりつくので小刀をだして小さな
家の主人が,またいうのには,
「同じような首領が,おなじ日にきたのでは,どつちがほんとうの聟殿だかわからない。こんどは二人で,ウカラの試合をしてみなさい」
と,いいました。すると,先にきた首領は,
「ウカラの試合ときたら,小さい時から俺の一ばん得意のものさ。では,後からきた首領,お前さきに
といいました。
そこで私は肌をぬいで,小袖の両袖を下腹にはさみこみ,両足をふみちがえて,ぐつとかまえました。すると,先にきた首領は,
こんどは私が,先にきた首領を立たせて,はじめは軽くうちました。それからまた,棍棒をふりながら
その首領のいいますには,
「お前の許嫁が,あんまり美しいものだから,ついお前に化けて先廻りするきになつたのだ。だが,ほんとういえば,俺が悪かつた。お
と,いつて,戸外へ出ていつてしまいました。その男のすわつていたところには,美しい鐔がひとつ,きらきらと光つておりました。
私もすぐに
それから家の中へひき返しましたが,そこに娘がいるのをみると,こんな女のために,可哀そうに沖の神に恥をかかせたかと思うと,ほんとうに申しわけないきがしました。それで,すぐに自分の村へ,帰ろうとしました。すると家の主人が,
「お前の怒るのも重じゆうもつともだが,俺だとて,
と,いつて,いろいろ私の心をなだめたので,やつと思い返して,その娘をつれて帰りました。
私の家には,昔から何一つ宝物もありませんでした。ただ
――何年かたつて,妻の兄が,召使の男をつれて遊びにきました。すると妻が兄にむかつて,こういう告げ口をしました。
「兄さん,私はこんな貧乏ども,宝物といえば,金の槌と銀の槌しかもつていない貧乏どもの所へ,嫁によこされたのだよ」
そういうと,妻の兄はひどく怒つて,
「ただ一人しかいない妹を,いろいろこき使つた
といいだしました。
すると,私の叔父さんが隣の家にいつて,その兄弟をつれてはいつてきました。叔父さんは上の方へ手をのばして,天井裏から,
やがて,叔父さんの姿がみえなくなると,満まんと水をたたえた大きな沼が
それをみると,妻の兄は大いに
「
と,いつて,妹もなにもすてたまま,家をとびだして,浜の方へ逃げていつてしまいました。
叔父さんは,天井裏から,両手に
〔ここまではルルパの
――それから兄の舟にのつて沖へ出ましたが,兄は村へ着くまで私を
――「ルルパの首領である私の夫は,一どはあのように怒つても,私が詫びていつたなら,なんといつても長年つれ
そう思いついたので,砂の上からたちあがりました。今は着物もぼろぼろになり,胸もあらわになつていましたが,それを手でかくしながら,やつとヤイレスの浜へ出る路のはしまで
私の夫は,すでに美しい娘を
「お前さん,私のいうことを,よくきいておくれ。あの女は,いぜんお前さんが,いつも
そういつて,私の手をひいて家の中へあげ,
食事をしようとしますと,はじめはすぐに
――さてその後は,水を汲んだり,薪をとつたりして暮しました。何年かたちますと,後添に子が生れたので,私はその子の守をしながら,とうとう年老いて倒れてしまいました。
上の者・下の者
私の村
あなたの村
歩く路が
心配です
ワアワア
すると木原がぱつと暗くなり,
「お前はなにを泣いているのだ?」
「あの樹の頂にある箱を,どうして下していいかわからないので,泣いているんです」
「では
熊はそういつて,樹にのぼつて行つた。そして箱のある所までいつて,
「
と罵つた。そこで上の者の妻だけが,熊を見にいつて,大鍋いつぱいに肉を煮て食つた。そして魚の皮の衣の裾に,煮た肉を一きれ入れてかえつてきた。途中で魚の皮の衣の裾が,ハマナスの木にひつかかつた。するとハマナスの木も肉を食いたいんだなといつて,肉をそこへおいて,何も持たずにかえつてきた。
次の日,上の者も河豚を一匹釣り上げた。船首の方へ六回追いかけて叩き,船尾の方へ六回追いかけて叩き,とうとう叩き殺してしまつた。そして箱をつくつて,その中へ死んだ河豚を入れ,木原へしよつていつて,蝦夷松の大木の頂にくくりつけて,その下に竹串を立てて,それから大きな声で泣いた。
私の村
あなたの村
歩く路が
心配です
ワアワア
すると木原がぱつと暗くなり,片端から明るくなつて,ひどく
「お前はなにを泣いているのだ?」
「あの樹の頂にある箱を,どうして下していいかわからないので,泣いているんです」
「では俺がおろしてやろう」
熊はそういつて,樹の上にのぼつて行き,箱の蓋をあけてみた。すると中には,死んだ河豚が入つていた。それを見ると熊はひどく怒つて,
「上の者は,方ぼうでこんな
といいながら,樹からおりてきて,上の者を追いかけた。上の者はあわてて山の方へ逃げた。にげて行くと,大きな
「まだ生きてるか」
ときいた。すると上の者は(
「まだ生きてるよ」
とこたえた。そこで熊は,一そう烈しく上の者を噛んだり叩いたりして,とうとう殺してしまつた。
次の日,下の者が木をとりに山へいつて,上の者の死体をみつけた。そこでその死体を
「お前の
上の者の妻は,がつかりして帰つてきた。そして下の者の召使になり,水を汲んだり子守をしたりして一生をおわつた。
山
サンナイペツで,私の姉さんが私をそだてました。男がするように,
ある日,姉さんが私にこういいました。
「これ,妹や。火だねがほしいな。お前,これから行つて火だねをもらつて来ておくれ。ここから山の方へ行けば,東の方へは広い道がとおつており,西の方へは草におおわれた
私は姉さんにいわれたとおり,広い道を通つてゆきました。行つているうちに,ふと気がついて見ると,いつのまにか,草におおわれた小路をあるいています。
「姉さんが,あんなにかたく
そう思つて,私はふたたび広い道にひつ
今はもう,気が
その家にはいつて見ますと,一人の貧しい山姥がいました。
「これ,サンナイペツの妹娘や,なにしにきたのだい?」
「姉さんが火だねをもらつてこいというからきたのです」
すると,山姥は,着ていた着物のすそを少し切りとつて,その上に灰を入れ,その上に火をのせました。
「これ,娘や。お前,帰る途中,灰を少しづつこぼしながら行くんだよ」
そこで,私は灰を少しずつこぼしながら帰つて来ますと,家のかたわらに姉さんが立つていて,ひどく私をしかりました。
「何しに,あんな
日が暮れて,私たちは眠りました。
山姥は,こう言いました。
「これ,孫たちや。お前たちがこんなに大きくなつたのを,ちつとも知らなかつた。今日は遊びにきたのだよ」
姉さんは大へん腹を立てました。しかし,せつかく来たものに何もたべさせないのもよくないと思つたので,食事ごしらえをして食べさせました。食事が終ると,化物婆がこういいました。
「これ,孫や。
姉さんはひどくおこりながら,化物婆の頭から,
その
「さあ,孫や。こんどはお前の虱をとつてやろう」
「私には虱なんぞいないよ」
化物婆は,それでもむりやり姉さんを坐らせ,頭から虱を一匹とりました。そして姉さんに,
「舌をお出し!」
といつて,姉さんが舌を出しますと,そこへ虱をおく
ある日のこと,舟を
「こんな
といいましたが,年下の若者は,
「自分の
といいました。その晩,みんなはそこで寝ました。
あくる朝,一同は舟にのりました。年下の若者が私の手をとつて,舟にのせてくれました。化物婆は,
「そんな化物娘は,浜へおいて行くがいい」
といいましたけれども,年下の若者は,
「自分の召使をそのまま置いてゆけるか」
といいました。
それから一同は,
「
といいながら,浜の路に美しい茣蓙をしきました。化物婆はその上を歩いて行きましたが,
「きたない!」
「きたない!」
といいながら茣蓙をたたみました。人びとは私ひとりを浜に残して,行つてしまいました。私は浜の草原へ行つて泣いていますと,そこへ一人の娘がきて,私の
その晩,私はそこに泊りました。夜中に
「もつと向うへ行つて用を足しましよう」
そう思つて,少し遠くへ行つて用を足そうとしますと,誰か私にだきついたものがあります。見ると化物婆に殺された姉さんでした。姉さんは私に
それから私は家にはいつて寝ましたが,私の泊つている家の例の若者は,
次の晩,
「サンナイペツの娘なら,
人びとがそういいあいました。
山姥は私を見て,
「そこにいる化物娘,お前まず踊れ」
といいました。そこで私はたち上つて,上に着ていたぼろ着物をなげすてて踊りました。
私の着ている小袖は
私が踊ると
チリン チリン チリン
私の
私が踊ると
チリン チリン チリン
私の
私が踊ると
チリン チリン チリン
私のつけている
私が踊ると
チリン チリン チリン
私のしめている飾帯は
私が踊ると
チリン チリン チリン
私の手からは,粢の
その村の男たちや女たちは,一同ヤンヤと
こんどは嫁女の踊りです。山姥がたつて踊りました。
おらがのぼろ
おらが踊ると
バタッ
おらがのぼろ沓
おらが踊ると
バタッ
おらがのぼろ耳輪
おらが踊ると
バタッ
おらがのぼろ首飾
おらが踊ると
バタッ
おらがのぼろ帯
おらが踊ると
バタッ
山姥の手からは,大きな蛙,小さな蛙,大きな
な蛇,小さな蛇が,ぞろぞろと
「おゝ,こわや! こわや! こわや!」
と,こわがりました。そして皆で山姥をとらえてなぶり殺し,
私は例の年下の若者と
サンナイペツの
サンナイペツに一人の首領がいた。ひとりで飯を
そこで,ある日,よい着物,よい帯,よい手袋,よい
「沖の太守の村はまだまだ遠いんだ。今晩はここで小屋がけして
サンナイペツの首領はそれを信用して,その晩はそこに小屋がけして泊つた。毛皮の男がサンナイペツの首領に
ンノー フンキ ポホ
ンノー フンキ ポホ
ンノー フンキ ポホ
それを聞いているうちに,サンナイペツの首領は眠つてしまつた。次の朝目がさめてみると,毛皮の男の姿はなく,おまけにサンナイペツの首領の結構な
「途中でまいてきた毛皮の男がいま着いたんだな」
というのが聞えた。スキーを物懸けの木に立てかけてから家の中へ
「これを三つに折つた者に娘をやる」
といつた。
毛皮の男がまずそれを試みた。あらん限りの力をこめて折ろうとしたがおれなかつた。次からつぎと人が出て試みたけれども,みなだめだつた。最後に太守がサンナイペツの首領にこういつた。
「毛皮の男,お前やつてみろ。
サンナイペツの首領は,再三
太守がこういつた。
「明日は,俺が若いころ,
次の朝,人びとは暗いうちから起き出て,矢を探しに山へ入つた。サンナイペツの首領は
「浜の太守が,若い時に失つた矢をとりにきた」
というと,
「お前
そういつて,たつて壁ぎわから熊の皮を取り出して着ると,熊の姿になつた。首領は先におりて物蔭にかくれて見ていると,熊が
「俺の若いころ,松前を見に行つて戻り路,
その晩人びとは寝もやらずに,
「むかし太守が松前のかえりに,海中に投じた鐔を取りにつかわされてきた」
というと,老翁はひどく怒つた。
「あの時あんなに悪口をぶちまけながら,賠償にくれた鐔をよくも取りによこせたもんだな」
といつて怒つた。
その時屋根の上の方で,多くの人びとが,右往左往してさわぐ声がきこえ,家の中に,氷下魚の
サンナイペツの首領は,老翁から銀の鐔をもらつて帰路についた。途中でまた例の美しい少女にあつた。そのいう所によると,
「太守は銀の鐔が欲しいばかりに,娘をくれるなどといつたのであつて,本とうはくれる
といつて,黒い糸玉と白い糸玉と赤い糸玉をくれた。
太守の村へ帰つてくると,案のじよう娘をくれなかつた。そこで例の黒い糸玉を出して,村の
それから自分の村へ帰つてきて,家の背後の
サヌィペシのきようだい
サヌィペシの村に,兄二人,姉一人,私は一ばん下の妹で,四人で私たちは暮していた。たいそう大きな家に,私たちは住んでいた。
兄さんたちは毎日魚をとつてきた。姉さんはその魚を上手に切つて煮たり,時には野草の根や茎をつかつた特別の
ある日,
やがて年上の兄さんが炉端で,こんどはきこえるように独り言をいつた。
「今日,
そういつているうちに,早くも
「昔からサヌィペシ村の首領といえば,近い村むらは
と客人たちは,ひどく
その時,隅つこにねそべつていた姉さんの雌犬が,長ながと
――ふと,年上の兄さんの笑い声をきいたように思つた。見ると,家も人ももとの通りになつていた。それから後は何事もなく,兄さんたちは毎日魚をとつてきたし,姉さんはいろいろ料理をこしらえて私たちに食べさせてくれた。
するとある日,年上の兄さんがまた何やら独り言した。すると,家の中が急にまた塵芥だらけになり,年下の兄さんも姉さんも,私もふたたび犬になつた。年上の兄さんは急に眼
「今日,
そう独り言をいつた。すると戸外に人の音がして,しばらくそこらをぶらぶらしている様子だつたが,やがて入つてきて,上座にすわり,
それからいく日かたつて,年上の兄さんがにまたもや独り言をした。すると,家の中がまた塵芥だらけになり,私たちは犬になつた。年上の兄さんは,例の
「今日,雲の
と独り言をいつた。その時戸外に人の音がして,しばらくそこらをぶらぶらしていたが,やがて入つてきたのを見ると,何ともいわれない
やがて姉さんが,例の欠け椀をくわえてきた。すると青年はそれをとつて,
「そのような椀は
といつたのに,青年は,
「おじいさんたちの食べたお椀だもの,なんで舐めずにおかれようか」
といつて,ていねいに舐め清めてかえした。
食後,青年は縄帯の兄さんに,
「お前は雄犬を一匹,雌犬を二匹ももつている。雌犬を一匹俺にくれないか」
といつた。縄帯の兄さんは,
「いやだよ」
とこたえた。それでも青年は
「まだ若い雌犬だから,途中で歩かない時は頭を叩いてやれ」
というと,青年は,
「頭を叩くなんて
といつて,姉の雌犬を
(それから私は気を失つていた。やがて兄さんの笑い声にふと気づいてみると,家はもと通りになつている)
姉さんがいなくなつたので,翌朝から私が
「おゝ,おゝ,ちびちやん,なかなか上手だよ」
と兄さんたちは
それからまた何日かたつた。ある日,年上の兄さんが又も何やら独り言をいうと,家の中が急に塵芥だらけになり,年下の兄さんも私も例のとおり犬になつた。年上の兄さんも,例の如く醜い顔の男になり,ぼろの着物に縄帯をしめて,炉端で背中を仕掛弓のように丸くしながら,
「今日,山の奥の青年は,何の用があつて俺たちの村へくるんだろう?」
と
しかし縄帯の兄さんは何もいわず背中を仕掛弓のように丸くしたまま,炉端にすわつていた。青年は盛んにあれこれと話しかけるのだつたが,取り合おうともしなかつた。私は例のとおり犬になつて,室の隅つこにねていたが,この時起き上つて,例の欠け椀を口にくわえて青年の前へもつていつた。すると青年はそれを取つて,うまそうに食べおわり,縄帯の兄さんが,
「そのような椀は舐めなくてもいいよ」
といつたのに,青年は,
「おじいさんの食べたお椀だから,舐めないわけにはいかない」
といつて,きれいに舐めてかえした。
食後,この青年も犬をくれといつた。縄帯の兄さんはことわつた。青年は,
「お前の所には二匹もいるではないか。雌犬を一匹俺にくれ」
と,強引にねだつた。縄帯の兄さんは根負けして,とうとう私をくれることになつた。縄帯の兄さんは,
「まだ若い雌犬だから,途中で歩かなくなつたら頭をこつんとやつてくれ」
といつたけれども,青年は,
「頭をどやすなんて可哀そうだよ。俺が抱いて行くからいい」
といつて,私を優しく抱いて自分の家へ連れていつた。青年の家には妹が一人いた。その妹に,
「飯を
と命じた。妹が炊いてくれたのを,私は口のまわりを飯だらけにして食ベた。
次の朝,戸外に犬の吠える声がした。妹が出て見た。そして,
「とつても大きな雄犬が,
と兄に告げた。青年は直ちに出ていつてその犬をつれてきた。そして飯を炊いて食わせた。
次の朝,青年は妹に,
「この犬をサヌィペシの村へつれて行け。逃がしたら困るから,
と命じた。妹はその犬の縄尻を取つて出ていつた。
(ここまではサヌィペシ村の末娘がいうことになつている。これから以後しばらくは山の奥の神の妹のいうことになる)
私は山の奥の青年の妹だが,その犬をつれて出ると,雄犬のこととて先になつて駈けるので,私はそれに引きずられて走つた。すると途中でとつぜん犬が立ちどまつた。そして後戻りしたかと思うと,私の顔をべろべろ舐めた。私は気味が悪くなつて,思わず手を放した。すると犬は,そのまま路の外へ飛びこんで見えなくなつてしまつた。
私は,犬を逃がしてしまつたので,兄さんの家へ帰れなくなつた。そこでサヌィペシの村へ行つた。サヌィペシの首領の家は,聞きしにまさる立派な家だつた。家の外をぶらぶらしていると,中から,
「山の奥の神の妹よ,はいつたらどうだ?」
と,声がかかつた。そこで家の中へ人つた。兄弟の青年がいた。じつはこういうこういうわけで,犬を探しにきたんですというと,弟の青年が笑つて,
「あの犬は,じつは俺だつたんだよ」
といつた。私はこの青年と夫婦になつた。
(ここで話変つて,山の奥の神の所にきていた,サヌィペシの妹のいうことになる)
私は,昼間みれば犬だが,夜見れば非常に美しい娘となつた。山奥の青年は私を妻にして可愛がつた。しばらくそうして暮していたが,美しい娘を抱いていると思つても夜が明けて見るといつも
「犬と
と言い言いしていたが,ある日どこかへ出て行つて,それつきり姿を見せなくなつた。
その後で私は
サヌィペシの兄さんの家では,私がやせ衰えて帰つてきたのを見て,年上の兄さんの妻(これは雲の関の青年の妹)と,山奥の青年の妹である年下の兄さんの妻とが,庭先へ
(ここでまた話変つて,こちらは山の奥の青年のいうことになる)
山奥の青年である私は,沖の村の首領の妹に責められて,はじめて事の
「一たい兄さんは何しにここへきたのさ? 山奥の村で,姉さんや坊やに物も食わせず虐めておきながら,今さらのめのめとこの家にやつてきて,夫でございの,父親でござるのといえた義理ではないでしよう!」
と,さんざんに自分の兄を
「いいよ,いいよ,何といつても父親は父親にちがいないからな。
といつて,自分と,寝ている妻との間の座席を少し
流れてきた母神
昔,サヌペツの村に,二人の妻をもつた男が,住んでいました。顔のゆがんだ,
ある日,男はいつものように,川口に
すると真夜中に,屋根裏でごそごそと音がして,金の玉がおちてきました。そして
あくる朝,二人の顔のゆがんた女たちは,とつぜん美しい女があらわれたので,驚きました。その女は気立てもやさしく,主人が可愛がるので,
ある日,男は隣国へ,
「お前たちは,俺の留守中,どうしているつもりか?」
とききました。
「私は,あなたのおかえりまでに,
と答えました。もう一人は,
「私は,刺繍した
とこたえました。さいごに本妻は,
「私は,可愛い赤ちやんを
といいましたので,男は,大へん喜んで出かけました。
男が交易に出かけたあと,本妻の産み月がきて,お産の日もだんたん近づいてきました。もともと,主人をとられたことを,心よく思つていない側妻たちには,本妻を
いまにもお産をしそうな女をつかまえて,むりやり家の前の高倉にかつぎ入れたまま,ろくに世話もしませんでした。そればかりか,おりてこられないように,意地悪く,倉の梯子をとつてしまいました。しかもこの倉は,粗末なつくりで,
この中で,いく日もお産に苦しんだあげく,どうにか,可愛らしい男の児を,産みおとすことができました。しかし,何しろ床は大きな隙間だらけでしたので,ひよつとした
母親は,助けにおりたくても,お産をしたばかりではあり,それに,梯子を持つていかれてしまつたので,どうしようもありませんでした。
ちようどその時,倉の下に,一匹の
は犬の姿になつてしまいました。人間の心はもつていても,人間の言葉はしやべれないのです。そして,犬の仔の育つように,ぐんぐん大きくなつて,一ケ月もたつと,もう歩きまわるようになりました。
犬になつた男の児は,ある日,育ての犬のもとを離れて,山の方へさまよい出ました。すると,どこからか,
てみますと,狐皮の帽子をかぶつた女が,樹をきつていました。女は小犬をみると,家へつれていつて育てました。
けれども狐の臭がして嫌だつたので,またさまよい出ると,
「なんてまあ,可愛らしい小犬でしよう!」
といいました。そして家へつれてかえつて育てました。
小犬は,大へん
そして小母さんが,奥山へ,
ある日,小母さんが魚とりにいつた留守に,鍋にお湯でも沸かしておいてあげようと,
「何という,危ないことをするの。その気持だけで結構,けつこう,そんなにしてくれなくつてもいいよ,いいよ」
といつて,抱きあげてくれました。
ある晩のこと,小犬の男の児は,お
やがて気がついてみると,いつのまにか自分は,もとの可愛らしい男の児の姿にかえつていました。大喜びで家へはいると,小母さんも大へん喜んで,男の児に,身の上を語つてきかせました。
「お前はもともと小犬ではなく,神様の子供だつたのだよ。お前の母様は,魚をさずける神様で,私も こうして人間の姿はしているけれども,じつはシリケセカムイという神なのだよ」
と,はじめてその
(以下各句の頭にケヘ・ケム・パーナ・ケム・パーナという
サヌペツの
青年が
顔のゆがんだ醜い女
ふたりの女を
妻にしていた。
ある晩
いつた。
魚が一尾も
簗の中になく
金の玉ばかり
その中にあつた。
家へ
もつてかえつて
天井裏に
あげておいた。
少女に
なつて
お前の父さんと
夫婦になつた。
ある日,お前の父さんが
交易に
いこうとして
その前に
自分の妻たちに
そのことをいい残した。その時
一人の少女は
手袋を
つくつて待ちましようといつた。
もう一人の少女は
脛衣を
つくつて待ちましようといつた。
お前の母さんに
「お前,なにを
つくつて
俺を待つつもりだい?」
とたずねると
「わたくしは
小さな可愛い
男の児を
つくつて
あなたを待ちます」
とこたえた。
お前の父さんは大へん
よろこんで
交易に出かけていつた。
そのあとで
お前の母さんが
お産の日がくると,
醜い女たちは
お前の母さんを
とらえて
高倉の上に
つれてのぼつた。
その中で
お前が生れ
高倉の床の隙間から
おちて……
…………
と,男の児に語つてきかせました。男の児は,はじめて自分の身の素性を知りました。そして
話かわつて,男の児の家では,二人の側妻が,男の児のお母さんを,倉からおろしてつれてはきましたが,ろくろく食事もやらずに,
その頃,男の児のお父さんが,交易をおえて,帰つてくるというしらせが,ありました。やがてその着く日がきますと,二人の側妻は
「妻はどうした?」
と,二人の側妻にたずねました。二人の女は,かわるがわる主人に訴えて,
「あの女は,あなたの可愛い坊やをうみました。けれども赤ん坊を育てようともせず,飢えさせて,川へすててしまつたのです」
といいました。
それをきくと,主人の青年は,大へん怒つて,お土産の品じなの陸上げもそのままにして,いきなり家へ駈けつけて,病みおとろえた少女を,散ざんに
ある日,青年の家の前に,二人の旅人がやつてきました。一人は美しい女で,もう一人は,
「これが,お前の生れた家ですよ。中にはお前のお父さんもお母さんもいる。けれど,どんなことがあつても私がいいというまでは,名乗りをしてはいけませんよ」
といいきかせました。
「ごらんの通りの貧乏ぐらしで,犬一匹いないほどですから,お出迎えに出すような,気のきいた召使などありません。どこからいらした方たちか,存じませんが,ご用がおありなら,勝手にお通りください」
といいました。
二人の旅人は,
青年と女とのあいだには,初対面の挨拶がかわされ,
「さあ,おそくなつたから,もう帰りましよう」
といいきかせ,主人にむかつて,
「大へんお
と申しました。すると主人は手をふつて,
「初めておあいした方たちですのに,なんだかこのまま,お別れしたくないような気がします。今晩は,お泊りなさつては」
と,心からひきとめました。女もすすめられるままに,その夜はそこに,泊ることになりました。
家の主人は,
「なあ,坊よ。なにか面白い話を,
と,話しかけました。子供は,何を話しだそうかと,思い
「なんの,こんな子供に,お話なぞできましよう。私がかわりに
といつて,声美しく唄いだしたのは,例の子供の素性をうたつた唄でありました。唄いすすむにつれて,家の主人には,この子供が愛する少女のうんだ,自分の実の子であることを知り,妻の
「おゝ,可愛い子よ!」
と,
「よく育つてくれた。これもみな,女神さまのお
と,喜びました。子供もいまは晴れて,「父さん! 母さん!」
と,抱きあつて,嬉し涙にむせぶのでした。
あくる朝,シリケセの女神は,山へ帰ろうとして,子供もつれていこうといいだしました。青年は,子供をつかまえて離しません。そして,
「二人の悪い女に
と,一心にたのみました。女神は,
「では,二人の悪い女を,罪のむくいとして,この児の母が受けたと同ようの目にあわせるなら,この子はおいていつてあげましよう」
といいました。主人は,
「かならず,この
といいました。そして女神の眼の前で,二人の悪い女を,さんざんに責めさいなんだ上,
「お前たちのような悪い女は,どこへでもいつて野たれ死にせよ!」
といつて,追いだしてしまいました。そして,あらためて男の児の母に
【解説】
1 ルルパの首領
鯱は,吾々の間には,「鯱鉾立ち」,天主閣の上の「鯱鉾」ぐらいにしか用のない名になつているが,海に棲む哺乳類で,群を成す時は,鯨を殺すという強猛なものらしく,アイヌではレプンカムイ即ち「沖の神」として崇拝され,陸上のキムンカムイ即ち「山の神」の熊と相対するやかましいものである。従つて,ユーカラ・オイナ・昔ばなしには,毎度出て来,家によつては,又部落によつては,殆んどトーテムのようにもなつていて,紋章にもなつている。器物の裏面によく見る卜字に似た彫刻は,その単純化された図案である。背鰭が高く海の水面に出て,矢のように早く行く,その背鰭を立てた形がそれである。大抵は,人間を守る談が多いのであるが,ここにあげた談には,たまたまこの神のいたずらが物語られている。
「筋子のスープ」原語はホマ・ウセイで,ホマは「筋子」,ウセイは「湯」である。知里君の原註に,「乾燥鮭卵のスープで,魔性の者に,正体を露わさせる力があるものと信じられているもの」とある。それで,今ここで急につくらせることになつたのであろう。
「ウカラ」ukar は,「相撃」の義,昔の本には「しゆつ打ち」と出ている。しゆつとは,ウカラに用いる棍棒 shutu のことで,体操用の棍棒ほどのもので,先に筋を入れたり,イボイボをつけたり,これで打たれたら……と戦慄させるようなものが,昔はあつた。武器であつたからである。平時にも刑罰に用いられ,又決闘にも使われた。ここは,どつちが正しいかを決定する試合である。「正しいのが勝つ」「勝つのが正しい」のであつた。それで正邪がわからない時に勝負できめるというのが,アイヌ文学に見るいつもの例である。(昭和16年8月,タラントマリに於て,西田ルサさん(57歳)の口述,知里筆録)
2 上の者・下の者
私の村 クコータン
あなたの村 エコータン
歩く路が ケマニンカシ
心配です クラモマレ
ワアワア トーパイ
この話は,普通の上の者・下の者の昔ばなしの型を少し破つているが,それでも下の者が敬虔であつて福徳を得,上の者は不心得で失敗をするという点は変りがない。(昭和19年7月,シラハマに於て,木村ウサルシマ婆さんの口述,知里筆録並に訳)
3 山姥嫁入
山姥の話は,奥州の昔ばなしにもよくあつて,私などは子供の時代から耳馴れた名である。尤も中には金太郎を育てた山姥,継子説話の姉娘を保護してくれた山姥,などもあつて,恐いものばかりでもなかつたが,アイヌの山姥は,ケナシウナルペ(kenash は「林野」,即ち,川添いの木原,unarpe は「叔母」)といつて,いつも薄気味の悪い存在で,多くは若い美しい娘が被害者である。それに見せたり,その声をまねたり,殺してその着物を着て化けたりする話が,私共の記憶におぼろげに残つているが,アイヌ説話では,専らそういう話になつている。樺太までそういう話になつているらしい。
奥州の継子説話にも,山姥が継子娘にしらみを取らせるが,ここにもそれが見えている。そして,歯でつぶすことが,やはり出ている。「舌を出しな」と口をあかせるのが,即ちそのためである。
娘に化けてばれる段,山姥の悲劇のところが話によつて色々になつている。
「茅の家」は原語,キー(茅)チセ(家)即ち,屋根のみならず,壁にあたる所も,すつかり茅束を立てて造つた家。
「舌をお出し」は,しらみを,口に入れて,歯でつぶす風習。
「チカリペ」は「吾々の造るもの」の意,植物性の料理は御馳走だつた風習。
「きたない,きたない」の原語は,「イチャ! イチャ!」
ホドイモ(一名エゾエンゴサク)は,根に小さな芋がついていて,東北地方の昔ばなしの「ほど」というものにあたり,北海道人の中では「アイヌほど」ともいわれる。
「おゝこわや! こわや!」の原語は,ヘイ,アマ! アマ!
「仰向けに倒れた」は,死んだ意。
「ほや」は乳房に似た形をしているもの,原語トホイ。
「手びら貝」は原語テヘ,・コホ・コロ・ポン・セイ「手・窪・持つ・小・貝」の意。帆立貝科,掌に似る。
「化物の耳」 原語「オヤシ(化物)キサラ(耳)」で,海藻の一種。
この条,化生説話。なお,本文には削つたが,山姥の体の部分を切り取つて捨てるところに,第一に「陰部を切り取つて海へ捨てた」とあつた。そして化生の条にも,第一にその事を語つて,陰部がアラペになつたという。方言「むい」と呼ぶもの,岩に附着していて,皮も肉も食べられると。
(昭和18年3月11日,多蘭泊に於て,西田ルサさん(59歳)口述,知里筆録並に訳)
4 サンナイペツの首領
「毛皮を着た男」原文にはノールシを着た男とある。ルシは毛皮であるが,どういうものの毛皮か,不明。文面によれば,あまりよいものではないらしい。
「熊の姿になつた」山奥へ行つて,金の家があつて,中にいた老翁は,「
5 サヌィペシのきようだい
「野草の根や茎を使つた特別の煮込料理」原名チカリペ(「吾々の造る物」)は,御馳走。北海道アイヌも,魚や肉類を常食としていた生活に,植物性の料理は御馳走の方で, ratashkep といつて,珍重され,喜ばれた。
「仕掛弓」原名,アマ(「置く」)クー(「弓」),またアマッポ(amap「置くもの」,po は指小辞)などいい,熊などの通路へ,糸を張つて仕掛けて置いて,糸へさわると,矢が飛んで来る装置,その為に,弓はしぼられたままに仕掛けてある。鸞曲の状をたとえたもの。
「雷神の兄弟の青年たち」原語,カンナカムィ(「天上の神」「雷神」)ウリワハネ(「同胞の」)ホロケゥポ(「青年」北海道では,「児狼」にもなる)ウタテ(「たち」)。
「近い村々は噂が通り越し,遠い村々に噂が届く」原語ハンケ・コタン(「近い村」),アスル(「評判」・「噂」),カーマ(「跨いで通る」),イツ°マ・コタン(「近い村」)、アスル(「評判」・「噂」),オシマ(「ぶつかる」・「ばつたり落ちる」)。遠近へ評判がまわること。
「鯱神の青年」 原語,チオハヤク(「鯱」)・ホロケゥポ(「青年」)
「雲の関」 原語は,ニソラチ(「雲がそこに収まる所」),雲が出てひろがる,のも,また一天からりと晴れて雲が見えなくなつてしまうのも,そこから出て来,そこへ収まるものと考えられている。此の国土の涯の天と接するあたり。北海道アイヌ語にニソシッチウィ(「雲がそこに落ちつく所」)というにあたる。
この物語,犬になつたり,人になつたり,人狼伝説の面影がある。(昭和19年7月21日,シラハマに於て木村ウサルシマ婆さん口述,知里筆録)
6 流れてきた母神
「サヌペツ」樺太の昔ばなしに出る主な村名の一つ,サヌィペツと同じであろう。
「一人の男」この男は,原語 horkeupo という。horkeu は北海道でなら,普通に狼である。それに,親称の po(原義は「子」)を添えて青年男子をそういう。樺太の昔ばなしにはいつもそういうのは何かわけがあるであろう。
「醜い女」原語は nubeue moromaxpo であるが,樺太の昔ばなしの語で,男子を horkeupo というに対し,女子をmoromaxpo という。max は北海道の mat(「女」)であつて po は親称である。この moro も,何か仔細があることであろうが詳かでない。
「心のねじけたもの」 原語は ram nenke ajnu
「簗」 原語 uraj
「網」 原語 toxta
「金の玉」 原語 kani-taxtax
「屋根裏」 原語 paraka
「隣国」 sisam kotan「側の郷・村・国」は,普通に日本のことをいう語。
「交易に出掛ける」 原語 ujmam ene oman
「皮手袋」 原語 matumere
「脛衣」 原語 hampaki は,邦語の入つたもの,恐らく北海道の方に ponpaki というのも語原は恐らく同じ。
「ごちそう」 原語 chikar-ipe(「吾等の造る・食事」),植物性の料理。肉食生活の民族には此が却て特殊のごちそう。
「魚を授ける神様」 原語 chex exte kamuj「魚を・(人間界へ)よこす・神」
「シリケセ・カムイ」原語 shiri「国土・山」kese「の末・尻」
ケヘケム・パーナ・ケム・パーナ(kex kem pana kem pana)は唄の囃子。
「わが妻なる少女」 この少女も原語は moro maxpo
「ごらんの通りの貧乏ぐらしで,犬一匹いないほどですから云々」は,意訳。原語は極めて簡潔,seta kuri「犬の影」kajki isam「も無し」neewa「どこから」ox「来た」ajnu ne「人間で」anaxkajki「あろうとも」jajahun-ke「自身を入れる」anax「なら」pirika「よし」。(昭和19年,シラハマに於て,オオトマリ出身の白川ユキ婆さんより,和田文治郎氏筆録,知里訳)
(『りくんべつの翁』彰考書院,昭和23年)
底本:「知里真志保著作集 第1巻」平凡社
昭和48年5月16日初版第1刷
